新たな物語を求めて海街へ

 小笠原を舞台にしたフォトエッセイを作る。1995年の夏、ポプラ社からこの話がきたとき、みとの心はザワついた。

「毎日海で泳ぎ、大好きなイルカと戯れ、水平線に沈む夕日や満天の星を眺めているうちに、今までの生活はなんだったのか、人生観がまったく変わりました」

 さらに違った環境に身を置くことで、みとの中で新たな創作意欲が生まれつつあった。

デビュー以来ひたすら書き続けて10代、20代の経験はアウトプットし尽くしていました。このままでは書きたいものがなくなるのではないか、という危機感にも襲われていて。そんな私にとって、小笠原旅行はあらゆる意味でターニングポイントでしたね」

 わずか10日間の旅行ですっかり小笠原に魅せられたみと。その後も仕事やプライベートで何度か小笠原を訪れるうちに、心は決まった。

30歳。人生の転機となった小笠原諸島への取材旅行
30歳。人生の転機となった小笠原諸島への取材旅行
【写真】折原みとさんの幼少期、高校時代、逗子での生活の様子など

 33歳のとき“海のそばで犬と暮らす”生活を実現するため湘南の海が見える街・逗子に移り住む。

「ひそかに“大人になったら絶対、犬を飼う”と小学3年生のころ、心に誓っていました。私は周囲の心配をよそに移住前に車の免許を取ると、ゴールデンレトリバーの子犬を家族に迎えました。まったく知り合いがいない土地に、おひとりさまがいきなり家を建ててしまったのですから、かなりチャレンジャーでした。それでも近所に友達がたくさんでき、新しい環境や生活になじむことができたのは犬のおかげですね」

 リキ丸と名づけた雌犬と湘南の海や眩(まぶ)しい太陽のおかげで徹夜続きの夜型生活は一変。

 ダイビングのライセンスや船舶免許も取り、夏になれば近所のビーチでシュノーケリングを楽しみ、SUP(スタンドアップパドルボード)をはじめ、BBQや焚(た)き火が好きになった。みとはすっかりアウトドア人間に生まれ変わっていた。

今年5月、自宅から徒歩で行けるビーチで海開き(本人撮影)
今年5月、自宅から徒歩で行けるビーチで海開き(本人撮影)

東京にいたころは、本当に仕事しかしていなかったんです。それが、日々の生活を楽しむことが人生のテーマになりました。私の理想は“毎日がリゾート”(笑)。

 湘南の明るく開放的でゆるい空気感は小笠原と共通するものがあり、犬友や海の仲間たちと過ごすひとときはかけがえのない時間。バラの季節に50人以上をウチにお招きするジャズライブも10年以上続けています。これからは焚き火や花火パーティーの季節ですね」

 こうした“湘南ライフ”に伴って描かれる作品にも『制服のころ、君に恋した。』『天国の郵便ポスト』といった鎌倉・逗子を舞台にした小説やマンガが登場。犬を主人公にした小説や絵本も生まれた。

 その中でも、みとにとって思い出深いのが、リキ丸や現在飼っている2代目の犬・こりきとの“リア充”ならぬ“イヌ充ライフ”を綴ったエッセイ『おひとりさま、犬をかう』である。

 “独身・家持ち・40代”少女マンガ家の赤裸々エッセイと銘打って出版されたこの本のあとがきに、

《いつまでもおひとりさまでいるつもりはありません。いつかは“おふたりさま、犬をかう”になるべく、只今絶賛婚活中》と書き残しているが、みとは今でも独身のまま。

 海の仲間には「いい人がいれば紹介して♪」と冗談めかして口にするというが、実際のところ、好きな家で犬と暮らす毎日がけっこう気に入っているのかもしれない。

自宅の庭で愛犬・こりきと。海街に住んでから、日舞や琴、居合などの習い事もするようになった
自宅の庭で愛犬・こりきと。海街に住んでから、日舞や琴、居合などの習い事もするようになった