『百円の恋』では、ある女性が、一念発起してボクサーを目指す。最初は自堕落な生活をして、家でゲームしながら、贅肉のあたりをボリボリかいていたゲスい女だった。「いるいる、こんな奴」と思っていると、ボクシングに目覚めた途端、どんどん綺麗になっていく。一つの作品で、ゲスい女といい女を演じ分けてた。

『万引き家族』では大柄な女性に見えるが、『まんぷく』では小柄な女性に見える。背格好まで演じ分けられるなんて、映画でボクサーの一生を演じるために25キロも体重を増減させた“デ・ニーロ・アプローチ”と並ぶほどだ。

 バブルのころ、背伸びして六本木のバーで飲んでいると、深夜に泥酔した男がやってきた。男は酒を注文すると、タバコをくわえ、片方にグラス、片手に筆ペンを持ち、トイレの壁に女性の絵を描いた。バーのママはカンカンに怒っていたが、男は絵を見ながら満足そうな顔をしていた。とても指の美しいその男は奥田瑛二だった。

 あの目つき、あの色気、あの仕草、それを最近、演技をする安藤サクラにチラチラと垣間見ることがある。

 この先、朝ドラという大役を果たし、これからもいろんな作品で彼女を見るだろう。そのたび、この空の下のどこかで暮らす人を感じるのが楽しみだ。あの定食屋で見た元気な姿でドラマ、映画を駆け抜けてほしい。

 ちなみに、あの当時、定食屋を出て、向かいの駐車場で精算すると2000円だった。

 は? 小一時間駐車しただけなのに……。麻布十番は怖い街でもある。


<プロフィール>
樋口卓治(ひぐち・たくじ)
古舘プロジェクト所属。『中居正広の金曜のスマイルたちへ』『ぴったんこカン・カン』『Qさま!!』『池上彰のニュースそうだったのか!!』『日本人のおなまえっ!』などのバラエティー番組を手がける。また小説『ボクの妻と結婚してください。』を上梓し、2016年に織田裕二主演で映画化された。著書に『もう一度、お父さんと呼んでくれ。』『続・ボクの妻と結婚してください。』。最新刊は『ファミリーラブストーリー』(講談社文庫)。