演劇との出あいは意外なきっかけ

可児市文化創造センター『アーラ』館長 衛紀生さん
すべての写真を見る

 1947年(昭和22年)1月、東京・下北沢にて7人兄弟の末っ子として誕生。幼少期から寄席や映画に通い詰めるなど、芸能が身近にある環境で育った。学生時代は専ら野球少年だったため、学業は二の次。

「小学校から高校1年生の秋まで、家で教科書を開いたことはなかったです。試験1週間前から徹夜で勉強し続けて、あまりの詰め込みぶりに銭湯で目が回って倒れたこともありましたよ(笑)」

 しかし野球部引退後は勉学にも励み、一浪こそしたものの、早稲田大学に進学。大学でも野球をやるつもりだったが、浪人した学生は運動部に入ることが難しいことを知る。

 本格的な演劇人生は意外な形で幕を切った。

「たまたま目にとまったのが『新劇団自由舞台』でした。早稲田演劇はまさに隆盛期で毎年、新入生が200名以上入部していました。

 稽古は10時〜21時まで、年末年始以外休みはなし。学生劇団ですけど、地方公演もやるし、ほぼプロですよ。授業には出てないけど、大学には一般の学生よりはるかに通っています(笑)」

 その没頭ぶりは、大学2年生にして劇団の中心的存在になるほど。

「先輩たちから引き継がれてきた一種の儀式なんだけど、照明などの道具を仕込むとき、怒鳴り合うんですよ。その雰囲気や仲間との関係性がすごく好きだったんですよね」

 大学は3年生の終わりに中退。しかし演劇への情熱は冷めることを知らず、21歳からは演劇評論家としての道を歩むことに。『衛紀生』というペンネームで連載を始めるようになる。