アーラ館長として、大改革!

光が差し込む開放的な館内。外には芝生が広がり子どもの遊び場に
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 ’06年12月、転機は突然、訪れた。篭橋義朗(かごはし よしろう)事務局長(現教育長)から、「アーラの館長をやってほしい」という依頼が舞い込み、再び腰を上げたのだ。だが、その道は初めから明るいわけではなかった。

「彼が就任した当初、市民にとってアーラはまだ遠い存在でした。ハコもの的認識に近かったと思います」

 大胆な改革が必要だった。衛さんはまず、アーラの職員たちに目を向ける。目指すべきアーラ像を組織内で共有し士気を高めるため、月に2回館長ゼミを開催。24人の職員たちひとりひとりの意識改革から始めた。

 いまや衛さんと冗談を言い合えるほど打ち解けている職員の坂崎裕二さん(46)も、最初は戸惑いが大きかったと振り返る。

「“アーラは市民の心安らぐ人間の家にする”と所信表明され、文化芸術を提供する施設なのに、何を言っているのかと正直理解に苦しみました(笑)。だけど、可児市民のことを本当に思ってくれていると伝わってきて、ついていこうと。いまでは職員全員、同じ方向を向いています」

 衛さんは館長として、持ち前の教育者気質、ときには親分気質を存分に発揮しながら、次々改革に着手した。

「一部の愛好者や、時間と金のある特権階級の人だけに喜ばれるものじゃなくて、シングルマザーや不登校児をはじめとした、社会的、経済的、心理的に劇場からいちばん遠い人にまでアーラを届けたかったんです

 性、肌の色、職業、年齢、障がいの有無、所得の多寡(たか)など、あらゆる区別をなくし、徹底的に“すべての市民”に目を向けたプログラムを組んでいったのだ。

 例えば、チケットに関しては、金銭的に門戸を広げると同時に、客席が埋まるほど観客の受け取り価値は上がるとの考え方から、公演2週間前に15パーセントオフ、当日には半額になる『Dan-Danチケット』を提供。この全国でも類を見ない斬新な取り組みには、前出の篭橋教育長も驚いたという。

「いまでこそ広く市民にも理解されるようになりましたが、衛さんから“ニューヨークでは当日券が安いらしいよ”と話をされたときは、まあニューヨークはそうだろうけど……と(笑)。前もって買ったほうがいい席で観られるとはいえ、なんで当日券のほうが安いんだって、苦情もたくさんきました。

 彼は、大胆な企画をいつも先に旗揚げしちゃう(笑)。そこがうまいところでね。僕らは実現するしかない状況で関係各所をまわる。説得しがいがありましたね

 また第一線で活躍するゲストを呼び、劇場について広く話し合う場『あーとま塾』を開催。同塾10月の登壇者であり、社会活動家・法政大学教授の湯浅誠(ゆあさ まこと)さん(49)は、アーラの特筆すべき点をこう語った。

「普通は、劇場にいかに人を集めるかを考え、有名人を呼んだりするものですが、アーラは社会課題が先にあるわけですよ。社会課題の解決のために劇場ができることは何かという問題の立て方をしている点が、決定的にほかと違うんですよね」

 大胆な試みの一方で、観客に対する細やかな気配りも忘れない。公演の際、誕生月を迎えた観客には、職員手作りのバースデーカードとともに、可児の花であるバラ1輪を席に置いておき、館長自らお祝いの言葉を述べに客席へ向かう

アーラの職員手作りのバースデーカード

「誰でもできることだけど、そのひと手間をかけることで、趣味、嗜好(しこう)で来ているお客さんから、根を張るお客さん、いわばアーラのファンになってくれるんですよ」

 こうした小さな心遣いの積み重ねが、常連客の創出につながっていったのだ─。