ひきこもり経験もあってLGBT

 ただ、彼はもうひとつ「生きづらさ」を抱えてきた。

「15歳のころからぼんやりと意識していたんですが、私は同性愛者なんです。親子関係で悩んだりひきこもったりしていたので、そちらが圧倒的な大問題で、LGBTは隠れていた。自分の中ではLGBTであることとひきこもりは直接の関係はありません。ただ、世間は異性愛を前提とした会話をするので、そういう世間話が出るとドキッとすることはあって、それが生きづらさにつながっていく。仕事先や親には言えません」

 シューレ大学やひきこもりの「居場所」などで少しずつ人とつながり、親しい友人には話せるようになったという。

「31歳、非正規で働いていて、ひきこもり経験もあってLGBT。それが私ですが、今の日本では本当に生きづらい。ただ、少しだけ自分で決定して歩いていけるようになっている気はします。世の中はすべて『~すべき』でできているでしょう。学校へ行くべき、就職するべきって。はたしてそれをきちんとこなしたとき、本人は楽しいのかというのが私の疑問なんです

 私自身、早々に世の中の「正規コース」からはずれた人間である。高校にはきちんと通えず、劣等生だったし、大学入学には2年も浪人した。かろうじて卒業はできたが、就職はしたことがない。できなかったというのが正しい。ずっとフリーランスで収入は不安定。「人生は楽しい」と諸手を挙げては言えないが、「生きてりゃいいこともある」程度には思っている。

 ヤシンさんと同じように「~すべき」と考えている人を見ると、つらくないかなと心配してしまう。余計なお世話ではあるけれど。どうせ誰もがいつかこの世を去っていく。それなら好きなことをしたほうがいい。

実家には年に数回、帰る程度です。数年前、父が入院したのでお見舞いに行ったとき、父が弱っている姿を見たら、私も少し本音で話せましたね。最近は、実家に行くたびに少しずつ滞在時間が増えています。母との関係も、時間をかけてもう少し良好になれたらと考えています。私たちにはまだ先があると信じて

 ひきこもり当事者の会に行けば、親と断絶している人たちもいる。「先に希望があると信じられただけ幸せかもしれない」と彼はつぶやいた。

 彼は仲間内でも「若くて知性に富んだ、非常に才能をもった人」と認識されている。自分では「多方面に興味をもったリベラルで寛大な者でいるつもり。複数のマイノリティーがあるため、そうでなければやっていけないんですけどね」と自分を分析する。

 私から見ると、やはり「名探偵コナン」のようだった。鋭い直感と緻密な分析、それを言葉にする理性と知性が彼には備わっている。

【文/亀山早苗(ノンフィクションライター)】


かめやまさなえ◎1960年、東京生まれ。明治大学文学部卒業後、フリーライターとして活動。女の生き方をテーマに、恋愛、結婚、性の問題、また、女性や子どもの貧困、熊本地震など、幅広くノンフィクションを執筆