アイデアスケッチの前でキミさんと。漫画家としての資質が図面を引かずに家を造る一助となった。机の上にはアオダイショウの抜け殻も 撮影/伊藤和幸
アイデアスケッチの前でキミさんと。漫画家としての資質が図面を引かずに家を造る一助となった。机の上にはアオダイショウの抜け殻も 撮影/伊藤和幸
【写真】守村さんが作った“生活のすべて”、瓦礫から拾って設置したトイレ

 電気や電話回線が復旧すると、安否を気遣う電話が方々からかかってくる。元担当の金井さんもそのひとり。

「“狭いところですが、詰めればみんなで暮らせると思いますので、わんちゃんも一緒にどうですか?”と電話をさしあげたんです。守村さんは“食べものも、寝るところもあるし、ここら辺りはもう大丈夫。どちらかというと、このあと東京のほうが大変なことになりそうだから、何かあったら避難しておいで”とおっしゃって。日本中がパニックのとき、守村さんだけがそこから独立しているような、逞しさと優しさを感じました

 そのころの守村さんは、道路が遮断されていたこともあって山を下りず、テレビのない暮らしをしていたこともあって、正確な情報が入ってくるまでにタイムラグがあった。それもあって、食べてはいけないといわれた山菜をたっぷり食べ、あたってはいけない雨に濡れたという。

「せっかく開墾したのに残念ですねと読者から連絡があったみたいだけど、微塵も撤退は考えなかった。そもそも、被災した感覚がない。無知っていうのも多分にあると思うけど、毎年受けている放射能検査も今は2人ともノーデータなんだよ」

 燃料も食料も自給自足で、どこにも寄りかからない生活はいざというとき、強い。

「小さい子どもでもいたら心配だろうけど、私たちは大人だから。それに、土地が守ってくれたんですよ」

 と微笑むキミさん。本当にいいコンビだ。

山での生活も14年目に突入

 震災から1、2か月が経過し、守村さんは瓦礫が積み上げられた近くの中学校跡地の校庭に赴く。捨てられていた便器を高圧洗浄機で磨き、凍結深度の30センチまで配管を掘り下げ、外仕事のときに使えるようトイレを設置。漫画にはそれを「自分なりの再生復興」と綴った。

「本当はそんな大層なことじゃなくって、単純にもったいないと思ったんだよ」

瓦礫から拾ってきた便器を磨き上げて使っている廃材利用トイレ。外も中もかわいらしい 撮影/伊藤和幸
瓦礫から拾ってきた便器を磨き上げて使っている廃材利用トイレ。外も中もかわいらしい 撮影/伊藤和幸

 14年目に入った山での生活。その前と後とで変わったことは? と問うと、「お金を使わなくなったこと」と守村さん。自給自足の山暮らしを綴った連載を閉じ、今は何を思う?

「幸せだってことかな。これは冗談抜きで、生まれてきて今がいちばん、幸せだと思う。ガツガツしたところもなくなった。“締め切りに間に合わなかったら?”“連載があたらなかったら?”“人気がなくなったら?”そういったことや家のローンから解放されて、不安がなくなったんだね。

 ストレスだらけだったころは何かを買っては捨ててた。所沢から越してくるとき全部捨ててきたんだけど、そのとき、はたと思ったの。ゴミとものの違いはなんだ? って」

 現在、守村家から出るゴミの量はほんのわずか。魚の骨やワタは鶏にやり、鶏をつぶしたときは骨や脚をじっくり煮込んでスープをとる。むしった羽は釣り道具のフライとして活用する徹底ぶり。

 一時は58キロまで落とした体重も連載終了直前は80キロ近くまで戻った。それさえもったいなくて、やせようと健康器具に頼っていたころが信じられないと言う。

「それこそエネルギーの垂れ流し。食ったもんをため込んでおけば、暖房用の薪出しをしたり、草刈りするときのエネルギーになるからね」

 目を曇らせていたものを潔く手放すことで、「必要なもの」と「そうでないもの」を選り分ける自分だけのものさしを手に入れた守村さん。この状態で描かれるであろう次作がいまから楽しみだ。


取材・文/山脇麻生(やまわきまお) ライター、編集者。漫画誌編集長を経て'01年よりフリー。『朝日新聞』『週刊SPA!』『日経エンタテインメント!』などでコミック評を執筆。そのほか、各紙誌にて文化人・著名人のインタビューや食・酒・地域創生に関する取材を手がける。