規制線が張られる前に現場入り

『3時のあなた』『小川宏ショー』『おはよう!ナイスデイ』(フジテレビ系)で約13年間、3千件を超える事件を取材した。印象深い事件が数ある中で、特に'80年に起きた20歳の浪人生が両親を金属バットで殴り殺した「神奈川金属バット両親殺害事件」は鮮明な記憶が残っている。

いちばん最初に規制線が張られる前の現場に入ったのがこの事件で、ものすごい衝撃を受けました。被害者の血液が飛んでいる窓は、水玉のカーテンがかかっているように見えました。

 とてもおとなしい子だったというのに、今度受験に失敗したら3浪してしまうというギリギリの精神状態のときに起きた悲劇でした。今の時代だったら、いい学校に入らなくても彼はほかに生きる道を見つけられたかもしれない。エリート一家に生まれて、その時代は是が非でもいい大学に入らなければというのがあったと思うのでね」

 '91年の「千葉・息子監禁衰弱死事件」は非行を繰り返す17歳の息子を父親が自宅に鎖でつないで監禁し、衰弱死させたという事件だった。庭によく手入れされたバラが咲くさまを見て、家の中で起きていたことと外に表れていたことのギャップに胸を衝かれた。

千葉・息子監禁衰弱死事件の現場にてリポート。虐待のあった家の庭に咲く手入れの行き届いたバラを見て、悲痛な表情を浮かべる

「想像もしなかったような現実を突きつけられて、日々生活する人は千差万別でいろんなことが起きていることを1件ずつの事件から知りました。放送したら終わりではなく、みな心に残っています」

 見たものを自分の中に積み上げていくと、できるだけ人が体験したことを自分のことのように考えてあげたいと思うようになったという。

「なんの苦労もなく奥様業で終わる人もいますし、それがいいとか悪いとかいうものでもないですが、世間というものを知らないと、人への気持ちがつくれないかもしれません。いろんな人を見て、誰にでも優しくしていきたいと思うようになりました」

 テレビの最前線を走るかたわら、どう家庭生活とのバランスをとっていたのか。

「子どもを育てながら大変でしたけど、家に帰ると普通の生活があったことが救いになりました。ひとりだったらずっと引きずってしまって、夜も眠れなかったかもしれません。男性の事件リポーターはいやになって辞める人も多かったんですよ。ただいまって帰って食事の支度をしたり、子どもの面倒を見ていると、気分転換になったんですね

 家族はどう見守っていたのだろう。長女の亜紀さん(47)に聞いた。

「母は毎朝、暗いうちに起きて仕事へ行き、夜中帰ることもあったので、いつも身体は大丈夫なのかな? と思っていました。風邪なんか病気じゃないわよと話してましたし、弱音は吐きませんでしたね。

 中2の夏休みに家族で伊豆へ旅行に行ったとき、御巣鷹山で日航機墜落事故が起きて、まだ着いて間もないのに取材へ行ってしまったことがあります。寂しくも感じましたが、子ども心に責任ある仕事を任されているんだなと思いました

 しつけや門限が厳しかったため、“いつもいないくせに”と反発したこともあったが、今にしてみれば、さまざまな事件を見てきた母親だからこそ、本気で心配してくれていたんだとわかるそう。

「母が留守中に父と兄と3人で外食することもありましたが、やっぱり母が加わると盛り上がるんですよ。とぼけたこと言ったりして、楽しい人なので。母が多忙を極めたころは距離感を感じたこともありましたけど、今は何でも相談できる友達親子のような関係です」