夫不在の中、進行がんの手術を受ける

 夫との関係に悩み、志保さんが筆者のところへ相談しに来たのは、亡くなる1年前のこと。志保さんは抗がん剤の副作用による脱毛やめまいに悩まされており、ウイッグをつける恥ずかしさや、ふらついて転ぶ心配もあったので、通院以外はほとんど外に出ず、家にこもる日々を送っていたとのこと。ようやく白血球の激減期を過ぎ、抗がん剤の恐怖も薄れ、副作用にも慣れたころ、筆者の事務所へ足を向けたのです。そのとき志保さんはこう話していました。

「私は夫のことを信頼していましたし、愛していました。夫の存在が私を勇気づけてくれました。家族のために生きようと思い、治療を受けてきたんです。ですから夫が姿を消したのは青天の霹靂(へきれき)でした」

 志保さんはあまりに興奮して、首から上、そして左右の耳は真っ赤に染まり、そして目は血走って充血している様子でした。さらに抗がん剤の影響でしょうか、顔が全体的にむくんでパンパンの状態でした。

 志保さんは2月の人間ドックで子宮がんが見つかったのですが、がんはかなり進行しており、予断を許さない状況でした。夫の職業はコンサートの映像コンテンツを制作するCGディレクターですが、運悪く海外で単身赴任中で、3月下旬に戻ってくる予定でした。「自分の病気で周りを振り回したくない」と思っていた志保さんは、夫に対して「海外赴任を途中で切り上げて戻ってきてほしい」と頼まず、ただ病名だけ告げたそうです。

 そのため、志保さんは夫の帰国を待たず、手術に踏み切らざるをえませんでした。入院中は母親に自宅へ来てもらい、息子さんのことを任せることに。卵巣・子宮の摘出とリンパ節を切除する手術を行ったのですが、ストレッチャーに固定され手術室に運ばれてから、酸素マスクをつけて意識が戻るまでの間、何度も息子さんが夢に現れ、現実との境があいまいで怖かったそうです。しかし、志保さんを苦しめたのは手術より術後の抗がん剤でした。抗がん剤の効果について半信半疑で治療を始めたので、点滴注入によって体内に衝撃が走るたびに怖くてしかたがなかったといいます。