いい土でうまい野菜を育てる

 野菜作りの“肝”といえる土について尋ねると、「“ツチ”って漢字、どう書く?」と、子どもにクイズを出すように、逆に聞き返す。

「土っていう字は、プラス(+)とマイナス(-)でできてるよね。これ、地球を表してるの。地球には、プラスとマイナスの磁場がある。そうN極とS極。それが狂うと、人間は体調が悪くなる。土も一緒。乱れるとバランスが狂う。だから、そうならないように、余計なことしなきゃいいの」

 それは、化学物質を使わない有機農業のことかと聞くと、身を乗り出すようにして答える。

「有機農業っていうのは、本来ないと俺は思っているの。だって有機って、毒性があったりするんだから。有機が安全ていうのは、誰かが作ったイメージ。使い方自体が間違ってるわけ。仮に、有機野菜イコール無農薬野菜っていう使い方をしたとしても、じゃあ種はどうなの? 種は農薬を使った野菜からとれたものかもしれない」

 浅野さんの口調は、どんどん熱を帯びる。真剣なのだ。

「野菜づくりは観察することが大事。そして今ある土を健全に維持するのみ」 撮影/齋藤周造
【写真】浅野さんの色鮮やかな野菜たち

 20代から、専門書を読み漁り、実際に試してきた。経験に裏打ちされた知識量はハンパではない。有機農法の講演会などに行くと、専門家の話の矛盾点が、すぐにわかってしまうほどだ。

「肥料も農薬も、必要なときに最低限を使う。土の磁場が狂わない程度に、身体に安全なものを。だから俺の野菜は、有機なんてうたってない。農水省に『有機野菜』っていうお墨つきをもらえば、高く売れるのかもしれないけど、有機って使い方自体が疑問だから、俺はそれはしない」

 前出・佐藤シェフが話す。

「浅野さんと栽培法の話をしたとき、完全無農薬ではないと聞きました。僕らだって、病気になったら薬を使って治す。それと一緒なんです。自然由来の農薬を必要最低限は使う。野菜のためにそうしているという話が、すごく腑に落ちました。浅野さんの話を聞いて、食材の見方や選び方も変わりましたね」

 有機や無農薬という言葉に踊らされず、自分にとっての「あたりまえの農業」を実践しているのだ。

 いい土で、うまい野菜を育てる─。

 30代、40代と独自の農法で作物を作りながら、浅野さんは出荷ルートを広げていった。地元にできた出荷組合にも加入。葉野菜も作るようになり、国の指定産地として出荷を任されるようにもなった。

「これで確実な出荷量が見込める」、経営も安定した。ところが、1990年代に入り、バブルが崩壊。取り巻く環境が一転した。

「サツマイモの価格が急落したんだ」

 このとき苦い思いが蘇った。

「手塩にかけて作った野菜の値段を、自分で決められない。これじゃ、いつまでたってもおんなじだってね」

 これを機に、浅野さんは当時、珍しかった西洋野菜へと大きく舵を切る。50代を迎えたころのことだ。浅野さんが作るルッコラは、葉が厚く、苦味が深い。その味は、取引先のシェフの間でも評判なのだろう。

 取材中も、電話注文をしてきたシェフが、「ルッコラ、あるんですか!」と声を高くしているのが聞こえてきたほどだ。