妻が火消しに走るのは夫にとって好都合

 しかし、違和感がないこともないのです。三田サンは不倫を報じた『週刊文春』のインタビューで、「私はあなたのお母さんじゃない! と言いたい。人生のパートナーなんです」と答えています。しかし、私には彼女が芝翫のお母さんにもパートナーにも見えないのです。

 というのは、『銀婚式』内ではもちろんのこと、三田サンはテレビに出るときも、お舅さんやお姑さんを「お父さま」「お母さま」と呼び、敬語を使っています。一般論で言えば、大人が他人サマに身内のことを話すときに、敬語は使わないもの。また、『銀婚式』内では「成駒屋の看板に泥を塗らない」「ご先祖さまやご贔屓筋に申し訳が立たない」と繰り返し書いています。続いていくことに意味がある伝統のお家ならではの考えでしょうが、私には彼女が「芝翫の妻」というより、何よりもお舅さんとお姑さんなど「婚家ウケ」を気にしているように見えます。そうだとすると、人前で敬語を使うのもむべなるかなでしょう。

夫の不倫を謝罪。雨の中、集まった報道陣に深々と頭を下げた(2016年9月)
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 それはさておき、もし夫の不倫が「成駒屋の看板に泥を塗る」ことに該当するのなら、三田サンは妻としての自分の気持ちは押し込めて、火消しに走らなくてはならなくなります。それは芝翫にとっては好都合でしょう。不倫しても彼女は「家名に泥を塗らない」ために怒れないのですから。芝翫は実質フリーみたいなもので、今後もこのような報道は続くのではないでしょうか。

 また三田サン自身もヤバいと言われるリスクを秘めています。3人の息子がいるということは、お嫁さんが3人来る可能性があるということ。「成駒屋の看板に泥を塗らない」お嫁さんをもらうために、時には心を鬼にして、息子の恋愛を引き裂かなくてはならないかもしれません。物慣れた年齢の人なら「無理に結婚しても、結局幸せになれないのだから」と肯定的に受け止めるでしょうが、若い世代には「鬼のような姑がいるヤバい家」と言われないとも限らないですし、タレントとしてもマイナスです。「成駒屋」のことを考えすぎると、全部、彼女が泥をかぶることになってしまう気がします。

『銀婚式』を読むと、三田サンが苦労をするたびに強くなることがわかります。たった15歳で芸能界入りするときに「転んでも滑ってもただで起き上がるものか」と誓ったそうです。きっと、今回のこの騒動も糧にしてもっともっと強くなるでしょう。芝翫はそんな妻のヤバいくらいのすごさや怖さをわかっていないのかもしれません。


<プロフィール>
仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ。会社員を経てフリーライターに。『サイゾーウーマン』『週刊SPA!』『GINGER』『steady.』などにタレント論、女子アナ批評を寄稿。また、自身のブログ、ツイッターで婚活に悩む男女の相談に応えている。2015年に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)を発表し、異例の女性向け婚活本として話題に。好きな言葉は「勝てば官軍、負ければ賊軍」