自分の経験が、誰かのためになる

 海音さんの人生が大きく変わったのは、中学2年の夏。震災で被災した子どもたちを支援するプロジェクト「Support Our Kids(サポート・アワー・キッズ/SOK)」に応募し、2週間、カナダでホームステイを経験した。周囲の人たちの助けを借りながら震災に関する英語のスピーチ原稿を書き上げて発表した。

「家族がいないつらさとか、それをきっかけにいじめられたこととか、震災の現実を話しました。そうしたら、日本人のちょっと年上の男の子が、『毎年、SOKの発表を聞いているけど、海音の話を聞いて、一番、現実を知った気がする』と言ってくれたんです。『海音が体験したことは重いことだし、話すことは簡単なことじゃないけど、でも、俺らにとってはすごく勉強になる』って

 その言葉をきっかけに、海音さんの意識に変化が芽生えた。

ずっと海が怖かったというが、「もう海は怖くない」と海音さん(写真/海音さん提供)
ずっと海が怖かったというが、「もう海は怖くない」と海音さん(写真/海音さん提供)
【写真】週刊女性が初めて出会ったころの海音さん(当時7歳)

「自分の経験が誰かの勉強や知識につながるということに気がついたんです。そうだとしたら、私が経験したことは悪い側面ばかりではないかもしれないなと思うようになりました」

 また、ホームステイ先のホストファミリーの母親・内藤洋子さんからかけられた言葉は海音さんの大きな救いとなった。

「洋子さんと一対一でお話をする機会があり、つらい経験も含めていろいろな出来事や想いを話したんです。すでに何度も話しているようなことなので私自身は淡々としゃべっていたのですが、気づいたら洋子さんが大号泣をしていました。

 そのときにかけてくださった『あなたが生き残った意味は必ずあるから、それを探して見つけてほしい』という言葉は、今でも深く印象に残っています。洋子さんの言葉を聞いて“私は生きてていいんだな”と思えるようになりました

 無神経な言葉によって傷ついた心は、血の通った温かい言葉によって少しずつ癒されていった。実はもうひとつ、海音さんの大きな心の支えとなっているものがある。

「小さいころから今まで、私が助けられていたのは自分の想像力です。どんなにつらい状況でも、自分の中で物語を作って想像することが好きだったんです。『小公女』を読んだときに、つらいときでも想像の力で乗りきって明るい未来を手にした主人公のセーラに共感しました。セーラと同じように、想像力が私を助けてくれました。どんなに薄暗いところにいたとしても、自分が考えた世界やキャラクターたちを想像するだけで幸せを感じられるんです

 中学2年の冬には生活の場を仙台市内の叔父の家へと移した。高校では英語学習に力を入れているクラスに入り、2020年11月から2021年4月までイギリス南部のボーンマスへ語学留学をしている。ホームステイ先の家族や年上の級友たちとのおしゃべりを楽しみ、新型コロナによるロックダウン中はオンラインで勉強に励んだ。

 震災からの10年を経た今、海音さんは何を想い、何を考えているのだろうか。

「私は震災で家族を亡くしました。そのことを肯定的にとらえることはできないけれど、でも、“パパもママもお姉ちゃんも私のせいで死んじゃった”、“家族がいなくて悲しい”って思うことはやめたんです。だって、家族が亡くなったことは事実だし、覆らないことだから。それに、震災をきっかけにたくさんの素晴らしい人たちに出会えたことは、本当にラッキーだと思っているんです」

 最後に、「10年という節目の今、天国の家族に伝えたいことは?」と訊ねると、海音さんは少しの間、考え込み「特に伝えたいことはないかもしれないです」と答えた。

「きっとみんな、毎日、私のことを見てくれていると思うから、わざわざ伝えることもないかなぁって。パパもママもお姉ちゃんも現実にはいないけれど、でも、私の中にちゃんと記憶は残っています。だからきっと、これからもなんとか大丈夫だろうなって信じています」

熊谷海音(くまがいかのん)さん
2003年宮城県生まれ。2011年3月11日の東日本大震災で両親と姉を亡くし、父方の祖父母に引き取られ、中学2年の冬からは母方の叔父家族と暮らす。2017年の夏にカナダでのホームステイを経験し、2020年11月から2021年4月まではイギリスに語学留学。趣味はマンガ、アニメ、ゲーム、小説の執筆、歌、ミュージカルと多岐にわたり、高校ではミュージカル部に所属している。

<取材・文/熊谷あづさ>
ライター。猫健康管理士。1971年宮城県生まれ。埼玉大学教育学部卒業後、会社員を経てライターに転身。週刊誌や月刊誌、健康誌を中心に医療・健康、食、本、人物インタビューなどの取材・執筆を手がける。著書に『ニャン生訓』(集英社インターナショナル)。ブログ:「書きもの屋さん」Twitter:@kumagai_azusa、Instagram:@kumagai.azusa