「お客さんの靴をきれいにするため、私が汚くならないと靴磨きじゃないの。やたらにこすって光らせればいいってわけじゃない」

 そんな理念を持つ。

 心のこもった仕事ぶりにファンも多く、この日も気がつけば行列ができていた。

さまざまな人が中村さんに声をかけていた。飲み物などを差し入れしたり、健康を気遣う人も
【写真】新橋を歩くサラリーマンに声をかけながら靴磨きをすすめる中村さん

 関西から来た、という60代の男性客は出張のたびに中村さんの元を訪れる常連の1人。

「自分でも道具を持って磨いていますが、どうもうまくいかない。プロにやってもらうと違うね」

 と中村さんが磨き上げた靴を見ながら頬を緩める。そして「靴は大事ですよ」と強調する。

「人に会う前に靴をきれいにしたかったんです。靴で人柄も見えてきますからね。それに靴は手入れをしておくと長持ちするんですよ」(男性客)

 すると中村さんも、

「“父親がはいていた靴をはいている”ってお客さんも多いの。そういう方のためにも一生懸命磨いている。“あなたも息子さんにはかせなさい、大事にしなさいね”って」

靴磨きで見えた“人々の変化”

 靴磨き職人たちは働く人々を足元から支えてきた。

 現在では主に会社員たちが行き交う新橋だが、かつては銀座に繰り出す若者たちもあふれていたという。中村さんらは靴を磨きながら彼らのおしゃれと恋路を応援してきた。

「高度経済成長期のころには毎日午後5時を過ぎると女の子に会いに行く前に靴をきれいにしようっていう人がたくさんいたわね。銀座に繰り出す若者たちはみんなカッコつけたかったんでしょう」

 まばゆいネオンと人の波であふれていた時代当時を懐かしみ、目を細める。

 しかし、現在では銀座に行く前やデート前だからと靴を磨く人はほとんどいない。

「お客さんは営業職や仕事中の人が中心」

指先を使い、細かいところまで丁寧に作業する

 バブル崩壊のときは先行きが見えず、不安そうな表情を浮かべた会社員たちの靴を磨いた。東日本大震災では接客中に激しい揺れに遭遇。計画停電の暗い街でも変わらずに駅前の片隅に座り続けた。

 商売はさまざまな社会情勢に左右されてきたが、このコロナ禍は大打撃だった。

「新橋から人がいなくなった」

 リモートワークが進んだため、メイン客層となる30~50代の男性客はめっきり減ってしまったのだ。

 1日に100人ものお客さんの靴を磨いたこともあったというが、近年は多くて30人。一ケタの日もある。

 最近、実感しているのは昔と比べて「人々の足が速くなってきた」ことだ。

「昔はね、お客さん同士でも1時間でも2時間でも立っておしゃべりしてたね」