岡本太郎の絵で立ち止まった

 ココさんががっちゃんと出会って半年ほどたったころ、がっちゃんが突然、ピタッと足を止めて動かなくなったことがある。

 1分たりともじっとできないがっちゃんが、遠足で出かけた岡本太郎美術館の1枚の絵の前で吸い込まれるようにじっと絵を見て身動きもしなくなった。時間にして5、6分、がっちゃんにとってはとてつもなく長い時間。

 岡本太郎の代表作『傷ましき腕』だった。

 ほかの作品を見るのはほんの数秒。パッと見てハイ次、パッと見てハイ次。

 それなのに、「がっちゃんなんで止まってるの?」とみんな首を傾げた。スタッフは理由もわからず、「がっちゃんが止まることなんてあるんだね」と笑っていた。じっとしていることは奇跡に近い。

 翌日、がっちゃんが突然ココさんに言った。

「GAKU、絵描く〜!」

 それまで、ココさんは鉛筆や筆やスケッチブックを渡したり、絵の具を買いに行ってみたりとあれこれ試していたが、自分から「絵を描く」と言ったことはなかった。ささっと描いて数分で終わり。チューブをぷにぷにと手で触って終わり。初めて自分から絵を描くと言ったのだ。

 慌ててトレーシングペーパーを渡すと、「太陽〜、太陽〜」と言って大きな丸をいろんな色で描き上げた。そしてその周りを黒く塗りつぶした。2018年5月、奇跡の1枚。

 アーティストGAKUがそのとき誕生した。

「岡本太郎と太陽の関係は誰も話していないのに、きっと何かを感じていたんだと思います。それから毎日、絵を描き続けるようになりました。それまでは自分の好きなキャラクターをまねして描いたり、ほめられたいから描いているようなところがあった。でも、それ以降は、湧き上がる気持ちを表現しているように見えました。がっちゃん、自分を表現する方法を手に入れたんだ、と思って圧倒されました」

 ココさんは、典雅さんに提案した。

「がっちゃんに投資してください。絵の才能があると思います。キャンバスに絵を描かせたい」

GAKUの父・典雅さんも、思いついたことは即実行。「二人はそっくり」とココさんもスタッフも声をそろえる
GAKUの父・典雅さんも、思いついたことは即実行。「二人はそっくり」とココさんもスタッフも声をそろえる
【写真】夢中で絵を描くアーティスト・GAKU、鮮やかな色合いの作品たち

 典雅さんは決心した。自身も子どものころ絵が好きだった。それに、ココさんの絵を見る力を信用していた。最初の1年で、がっちゃんのために60万円かけて画材を買った。

 キャンバスの一面に赤や青、黄色など絵の具の色をそのまま塗るところから始まるが、そこに描かれるGAKUの絵はどんどん移り変わっていく。マルばかり描くときもあった。数字が絵のように描かれることもあった。点、線やアルファベット。そのうちに動物も描くようになった。

 ある日、ココさんが典雅さんにがっちゃんの様子を話しているときだった。

「がっちゃん、絵を描いてると顔つきも変わるんだよね」

 ふと、典雅さんがこんなことを言った。

「ココさん、がっちゃんのサリバン先生になってよ」

 会話の途中でサラリと出た言葉だったが、ココさんはその言葉を忘れられない。

東急ハンズに初めて連れて行ったとき、ひざをついて座り、1つずつ吟味して10色を選んだ
東急ハンズに初めて連れて行ったとき、ひざをついて座り、1つずつ吟味して10色を選んだ

 サリバン先生とは、ヘレン・ケラー(視覚・聴覚に障がいがあり話せなかった)にいろいろな体験や指文字を通して言葉を教えた家庭教師だ。

「そのときは気軽には〜いって返事したけど、サリバン先生になるなんて、私には無理。ただ、がっちゃんが絵を描き始めてからどんどんコミュニケーションが取れるようになってきて。がっちゃんは英語と日本語とガクト語を使うんだけど、ガクト語はみんなにわからないから、それをたくさんの人に伝えられる絵にしようよっていう気持ちで一緒にアトリエにいます」