東京五輪、試合のタイム時間に叱咤する姿が話題となり、あまりの迫力に「監督怖い!」が一時トレンドワードになった。自信をなくす選手、スランプに陥る選手、けがから復帰できない選手……直前まで続いたチームの危機にも、ぶれない“パッション”で向き合い──。日本中を感動させた快挙の裏には、壮絶な闘いの日々があった。

「高さでは勝てない」を覆した指揮官

 2021年8月4日夕刻、さいたまスーパーアリーナの電光掲示板は「37・4秒」を示していた。

 世界ランキング6位のベルギーに序盤から粘り強く迫った東京五輪バスケットボール女子日本代表。第4クオーターで敵を捉えたものの、ギリギリのタイミングで85―83と再び2点をリードされた。

 まさに追い込まれた状態。それでもトム・ホーバス・ヘッドコーチ(以下、HC)と選手たちは「十分、イケる」と自信を持っていた。

 チームの大黒柱、高田真希(デンソー)は目を輝かせた。

「『ラスト数秒間でどうするか』というトムさん特有の特別練習を繰り返していたので、37秒あれば必ず逆転できると思っていた。焦りはなかったですね」

 キャプテンの言葉どおり、日本は冷静な試合運びを見せ、迎えたラスト15・6秒。司令塔の町田瑠唯(富士通)のパスを受けたシューター・林咲希(ENEOS)が迷わず3ポイントシュートを放った。

 次の瞬間、ゴールネットが激しく揺れ、日本は86―85と逆転。最後まで守り抜き、五輪史上初のベスト4を叶えた。

 彼女たちを勇気づけ、自信あふれる集団に引き上げたのが、ホーバスHCだった。

 メダルを懸けた準決勝はフランス戦。長身選手をズラリとそろえた難敵だ。日本は消極的な入り方で序盤から予想外の劣勢を強いられた。

「自分たちのバスケットしてないね。みんな楽しんでない! いい顔してないよ!」

 最初のタイムアウト。ホーバスHCは選手たちに容赦ない苦言を呈した。感情むき出しで選手たちを鼓舞する映像は世界中に流れ、SNS上でも「監督怖い」などのワードがトレンド入り。

 だが、町田にとっては日常の風景だった。

「トムさんの怒る姿は怖いといえば怖い(苦笑)。でも言ってることは正しいし、『そうだよな』と感じます。あのときも実際、楽しめていなかった。切り替えて相手をブレイクしてやろうと思ったんです」

 ここからは凄まじかった。162cmの小柄な司令塔が大型選手に果敢にアタックし、次々アシストを決めていく。彼女に導かれ、チーム全体が躍動感を取り戻した。

 第2クオーター途中に逆転し、87―71で勝利。日本はメダルを確定させた。

 そして迎えたアメリカとの最終決戦。「東京五輪の決勝で母国・アメリカを倒して金メダルを取る」というのはホーバスHCの悲願だった。

「この練習は金メダル足りるの!?」

「今の練習で金メダル取れると思うの?」

 目標の「金メダル」をこの日まで幾度となく口にし、選手たちに意識させてきた。

 しかし、世界最高峰チームは第1クオーターから地力の差を見せつけてきた。日本は本橋菜子(東京羽田)らの3ポイントで反撃したが、ジリジリと差を広げられ、75―90で終了の笛。金メダルは手に入らなかった。

 それでも、ホーバスHCは教え子たちを心から誇りに感じていた。

「アメリカの選手、ダイアナ・トーラジを教えたことがあったんですけど、彼女が試合後、僕にハグしてきて『トムの日本女子のバスケを全部見たけど、すごく楽しいし、最高だった。でも戦うのはイヤ。今日もやりたくなかったよ』と言ってきたんです。『しつこくやろう』というのが僕のモットーで、敵としてはそれがイヤだったんでしょうね。無観客じゃなくて、スタンドが満員だったら勝てなかったと言った相手選手もいましたね」

 10年来の親友で同業者の熊本ヴォルターズのドナルド・ベックHCも快挙を称える。

「トムとは五輪の間じゅう連絡を取り続けていました。彼は最高のモチベーターとして選手を気持ちよくプレーさせていた。10年以上、近くで見てきましたが、トムは日本で成功できる外国人指導者の資質を備えていた。それは日本人や日本という国を理解し、アジャスト(調整)できる力。トムはこの国、文化や習慣を愛し、リスペクトを持ち、誠心誠意、周囲と向き合ってきた。そのうえでチャレンジングなマインドを持ち続けた。なかなかできることではありません」

 最強のチームを作り、日本中を感動させた指揮官。長年、「高さでは勝てない」と言われた日本女子バスケ界を揺るぎない信念と情熱で改革した。メダリスト会見で主将の高田は、こんな名言を残した。

「練習がしんどくて、試合のほうが楽だった。そう思わせてくれたのは、初めての感覚」

 日本初の快挙を成し遂げた女子代表。ホーバスHCは安堵がにじむ笑顔を浮かべる。

「選手たちは『厳しいとやさしいのギャップありすぎ!』と言います(笑)。でも、みんな文句しないで、目標のために厳しい練習をポジティブにやってくれたおかげ。感謝しています。ありがとう」