活躍する選手を多く輩出していても、スケートリンクができない現状には、疑問を抱くことも。

今まで、荒川さん、羽生くん、羽生くんという順番で、宮城県出身者がオリンピックで3回金メダルを獲得しています。この冬に羽生くんが獲得すれば、4回目になる。これで、スケートリンクができなかったら、もう諦めるしかないのか、と……

 羽生くんには、頑張ってもらいたいです。スケートリンクのためにも……。でも、オリンピックでメダルをとるって、本当にすごいことですし、大変だとは思いますけどね……」

地元の人々の想いを胸に

 宮城県のスケートの未来を託された羽生を支えるべく、彼の祖父が生まれた登米市には『羽生結弦 ふ・る・さ・と応援団』がある。団長を務めるのは、地元の工業高校で教師をしていた羽生の祖父と同級生であり同僚だった、春日了剛さん。

「'14年のソチ五輪のときに“羽生結弦くんは羽生先生のお孫さんだ”というのが広まりました。それで、工業高校時代の同僚をとにかく集めて、話し合いの場を持ち、そこから形となって盛り上がってきたという感じです。

 おじいさんは早くに亡くなってしまいましたが、生前とてもお世話になったので、もし健在であれば、どんなお気持ちかな、と恩返しの意味も込めて団長をしています。北京五輪では、みんなで集まって観戦できるかはわかりませんが、結弦くんを応援しています」

 では、大切なシーズンを前に、羽生の家族はどんな思いでいるのか。仙台に住む羽生の母方の祖母を訪ねると、インターホン越しに柔らかい話し方で応じてくれた。

「彼も大人ですし、私たちは見守るだけです」

 地元の人々の思いも背負って、4回転半へ──。