先日、京王線の特急電車内で起きた刺傷事件。殺人未遂容疑で逮捕された服部恭太容疑者はこう供述した。「人を殺して死刑になりたかったーー」。そんな身勝手な理由から、人の命を奪おうとする凶悪犯罪者たち。加害者家族をサポートするNPO法人『World Open Heart』の理事長・阿部恭子さんの元にも、「死刑になりたい」と言う子どもに怯える家族からの相談が寄せられている。いったい何がそうさせるのか。そして、阿部さんにとある青年が語った本心とはーー。

明日は我が身という恐怖

 10月31日、コロナの感染状況も落ち着き、仮装してハロウィンを楽しむ若者の姿も見られる東京の夜、京王線の車内で派手なスーツに身を包んだ青年が突然、乗客を切りつけ、車内に火をつける事件が発生した。現場はパニックになり、逃げ惑う人々の映像は社会を震撼させた。

 多くの人が利用する電車を狙った無差別放火・刺傷事件は、自分も巻き込まれるかもしれないという大きな不安を社会に与えている。事件の影響で、電車を利用することができなくなり、日常生活に大きな支障をきたすケースも出てくる可能性があり、長期的な被害者のケアと社会復帰への支援が不可欠である。

「こういう事件が起きると、娘が巻き込まれたのではないかととても不安になります。無事だと判明した途端、今度は、息子が事件を起こすのではないかという不安に襲われるんです」
 
 久美(仮名・50代)は息子と娘、ふたりの子どもの母親である。息子・雅史(仮名・20代)は、大学受験の失敗がきっかけで自宅に引きこもるようになった。生活は昼夜逆転し、久美に暴言を吐き、家で暴れることもしばしばだった。

 久美は子どもたちがまだ幼いころ、夫を病気で失い、その後まもなく再婚していた。再婚相手は息子にだけ厳しく、成績が振るわないと叱責し、息子も年を重ねるごとに父親に激しく反抗するようになった。父子の間で板挟みになっていた久美は耐えられなくなり、数年前に離婚をし、夫は家を出ていった。

 雅史は、人生が思いどおりに行かなくなった原因は、母親が再婚したことだと久美を責め続けた。それだけでは収まらず、怒りの矛先は母親以上に妹にも向けられる。

 再婚相手の父親は妹には甘く、妹は比較的自由に育ってきた。学校でも活発で成績もよく、有名大学に合格していた。雅史は妹に激しく嫉妬し、父親が家を出てからは妹に暴言を吐くようになり、妹は実家を出てひとりで生活せざるを得なくなった。
 
 今年の8月、小田急線の車内で起きた刺傷事件の犯人は、「幸せそうな女性を見ると殺したい」「勝ち組の女性を標的にした」と供述していたと報道されたが、久美は妹を妬む雅史の姿と重なったという。

「自殺で失敗して身体が不自由になったら嫌だから、死刑がいい。俺が犯罪者になったらあいつ(妹)の人生も終わりだ。やるときは道連れにしてやる」

 雅史はそう言って、久美を脅した。

「人を殺したいならお母さんを殺してちょうだい……」

 息子の前に跪き、泣きながらそう叫んだこともあった。警察に相談してもカウンセラーに相談しても、事態は一向に収まらなかった。

 息子が人を殺める前に、この手で我が子を殺すしかない。そう思いながらもできないまま時間が流れていた。