ヒカルにも心配される“孤独”

 結婚、出産するまでの藤さんは孤独だった。10代で一躍大スタ―になり、大金を得るようになったものの、その途端、両親が不仲になった。藤さんが稼いだ金が原因だった。父親の女性問題も起きた。

 姉、兄とも疎遠になる。藤さんを見出した作詞家の故・石坂まさをさんとも仲違いしてしまった。そんな藤さんにとってヒカルは宝だった。

 藤さんが前出の酒井さんに「この子、天才なの」と得意げに紹介したのは1980年代後半である。ヒカルが5歳前後の時だった。酒井さんは笑って受け流した。

 だが、それが本当だったのは知られている通り。幼少期から才気をあふれさせていたのは藤さんと一緒である。ただし、ヒカルも天才だったことが、藤さんを再び孤独に導いてしまう。

 ヒカルの『Automatic/time will tell』(1998年)はダブルミリオンを記録した。以降もヒカルは大ヒットを飛ばし続けた。ところが藤さんはごく親しい人たちに経済的困窮を訴え始める。2000年ごろの話だ。

「ヒカルの所属事務所である『U3MUSIC』の社長は照實氏で藤さんは副社長だったが、本当かどうか『自分には報酬がない』と嘆いていた」(同・藤さんと親交があった音楽プロデュ―サー)

 親しい人が弁護士を紹介すると、藤さんがその人に電話してきた。「おかげさまでお金が入りました」。実に2億円だったという。

 だが、親しかった人たちによると、藤さんが本当に求めていたのは金ではなかった。それはヒカルの仕事に自分も家族として参加することだった。大物になった娘のプロデュースには加われなくなっていたのである。再び孤独に陥っていた。

 「藤さんはギャンブル好き」と捉えている向きがある。2006年、米国のケネディ国際空港で現金約42万ドル(約4854万円)を差し押さえられ、それがカジノ資金とされたからだろう。

 もっとも、藤さんを実際に知る人たちはギャンブル好きをそろって否定する。孤独な藤さんは、金があれば誰でも相手にするカジノくらいしか行き場がなくなっていたのだ。10代で芸能界入りしたこともあって、気の利いた趣味などなかった。

 今、かつて藤さんと親しく、ヒカルのことも幼いころから知る人たちは、ヒカルが母親と同じように孤独に陥ってしまうことを真剣に心配している。そもそも天才は孤立しやすい上、一時の藤さんと同じく、周囲を狂わせがちな莫大な稼ぎがあるからだ――。

 ヒカルは2度、結婚と離婚を繰り返した。2度目の結婚相手であるイタリア人男性との間には2015年に男児が生まれた。今、6歳である。

 ヒカルは昨年1月10日、ツイッターでこうつぶやいている。

「今朝、5歳の息子が1人で歯を磨いて着替えてしかもパジャマも畳んで、私を起こしに来てくれた…ママがんばる」(ヒカルのツイッター)

 今は一粒種が生きがいになっているようだ。

 藤さんを知る人たちはヒカルの幸せを願ってやまない。

高堀冬彦(放送コラムニスト、ジャーナリスト)
1964年、茨城県生まれ。スポーツニッポン新聞社文化部記者(放送担当)、「サンデー毎日」(毎日新聞出版社)編集次長などを経て2019年に独立