ケンカが強くて面白いやつ

 糸井重里さんも南伸坊さんも、新宿の飲み屋で篠原さんと親しくなった。土方仕事で筋肉隆々、坊主頭にいつも革ジャン。「ケンカがすこぶる強くて話が面白いやつがいる」と有名だった。

 糸井さんは初めての会話が印象的だったと話す。

「オレに奢る権利がある人間はそんなに簡単にはいねえ。そういう失敬なやつはちょっとぶってやったりするときもあるんだがナ、ま、手が痛くなるから下駄でナ。でも、おまえはオレに奢ってもいいぞ」

 それを聞いて、糸井さんはすぐに興味を持った。

「誰に奢られるかはオレが決めるって、めちゃくちゃカッコいいなと思いましたね。僕はお許しが出たようで、光栄なことです(笑)。それに、ただの暴れ者じゃない。変なやつに因縁をつけられ言いなりになっていた時代があって、“このままじゃダメだと必死で抵抗したら、オレ、案外強かったんだヨ”って笑ってました」

 南さんも篠原さんの第一印象は怖かったという。

「初めて同じ店で見かけたときは、話しかけられませんようにって背を向けてビール飲みました(笑)。でも、ちょっと話せば、みんなクマさんが大好きになりますよね」

 篠原さんと飲み会を共にした数日後、こんな電話がかかってきたことがある。

「この間、深沢(七郎)さんの家で飲んでるときにヨ、南がテーブルの端っこにクリスタルの高いコップを置いてたんだよ。俺はヒヤヒヤしてそっと中のほうにずらしてんのにヨ、南が笑いながら酒飲んで、また際に置くんだナ。参ったヨ。ワハハ」

 今も時々電話で話をするが、お互いにバカをやってた昔話をして「別に用はないんだがナ」と切るのが常だ。

状況劇場を主宰していた唐十郎さんに誘われ、ポスターや舞台美術を担当
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「おおらかに見えるけどこまやかですよね。僕が気づかないようにコップの位置を直して、その場で言わないんだもの。

 その場のみんなが楽しく過ごせるよう、誰も気づかないように気を遣える人。いろんな人の気持ちがわかる人。だから話も面白いんだろうな」

 ひとり暮らしとなった篠原さんの家で、南さん、糸井さん含め数人で飲んだこともある。古くて底冷えする家だった。飲み始めてしばらくすると、篠原さんが突然、こう切り出した。

「寒いときには火を焚くとかナ、いろんな方法があるもんだ。でもな、この家は構造的に寒い。どこから寒さがきてるかというと地面からだ」

 酒を飲みながら、みんな真剣にふむふむと聞いている。

「畳と地面の間には空間があって、そこに寒さのもとがあるから、畳を剥がしてナ。そこにワラを敷くんだナ」

 みんなで顔を見合わせ畳を持ち上げ見てみると、本当にワラがぎっしり敷き詰めてあった。

「うわ、ホントだ」「すげえな、ワラだ!」と大笑い。「これでだいぶ違うんだ」と篠原さんもドヤ顔だ。

「暑いとか寒いとかつらいとか、どんな状況でも面白がる。“この家は寒くて頭にくる”って文句言うのは簡単だけど、そこに腹を立てない。何もしないで嘆くんじゃなくて、自分で手を打って、笑いにもかえる。ネタ作りでわざとやってるんじゃないかと思うくらいです」(糸井さん)

 篠原さんは飲み屋に行くたびに新しいネタで場を盛り上げ、新宿界隈で飲み歩く作家や編集者、いわゆる業界人の間で評判になっていた。

 糸井さんは、その座持ちのよさについて、こんなエピソードも教えてくれた。

「CMディレクターが、クマちゃんに仕事の依頼をしたんです。出演者でもスタッフでもなく、『ムーダー』で、と言うんですよ。撮影現場の緊張やムードをほぐす『ムーダー』という肩書をクマちゃんのために作ったの。見た目が怖いから意外性もあって、より効果的なんだよね(笑)」

 篠原さんはそうした日々を『人生はデーヤモンド』というエッセイ集に書いた。タイトルを考案したのは糸井さんだ。篠原さんの話の面白さは、新宿の飲み屋街から飛び出して、たくさんの人の手に届くようになった。