世界を見る視線がすでに文学者

『骨風』という自伝的小説で泉鏡花賞を受賞したのは2015年のことだ。幼少期の父親との葛藤、その父親の最期、認知症の母とのやりとりや、時折金の無心をされていた弟の死、山梨での暮らしなどが記されている。

 糸井さんはそれを読んで衝撃を受けた。

「人が年をとっても、ちょっとずつ斜面を登るように成長していることがその本にあらわれていて、ジンときたの。なんとかしてこれを、みんなに伝えたいって思ったんです」

糸井重里さん(左)、南伸坊さん(右)と小説『骨風』のイベントにて
糸井重里さん(左)、南伸坊さん(右)と小説『骨風』のイベントにて
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 タイトルも表紙も隠して販売する天狼院書店の特別企画で、「糸井重里秘本」として取り上げたところ、1つの書店で1600冊近くを売り上げた。その後『骨風』は、泉鏡花賞を受賞した。

「僕は、クマちゃんのつくるものの中で文章がいちばん好きです。クマちゃんは世界を見る視線がすでに文学者。そうやって生きてきた人なんです。そのうえで、昔なら笑いを取ってサービスして、面白い話でおしまいにしていたことを、ちゃんと真顔で文学にした。そのことに感動したんですよ」

 篠原さんは、「『骨風』は森くんっていう20年来のトモダチにそそのかされて書いた」と言う。篠原さんがトモダチと呼ぶ森正明さん(55)は、文藝春秋の担当編集者だ。

「作品も小説も、理屈でつくってないから嘘がない。世間の枠組みや利害関係にとらわれないクマさんと一緒にいるだけで、私も世の中のくだらないことを忘れられる。クマさんに会うと僕が解放されるんです。たぶんクマさんは、たまたま『小説おもしれえな』って思ったタイミングで書いただけ。思惑はないんですよ」

『骨風』が形になるまでに10年の月日がたったが、篠原さんにとっても自分を捉え直す機会になった。

「『骨風』はオレにとってエポックなんだ。親父が死んで、お袋が死んで、あれを書いたことで何かが大きく転換して今日がある。オレと親子ほども年が違う森くんがよ、オレが書いた原稿を読んで“カッコつけすぎです。腹くくってください”なんて言うんだヨ。でもな、そうして『骨風』を書いて、ウダウダしてたことがやっと吹っ切れたんだ。それによ、賞金で奥歯のインプラントも入れられた。それも森くんのおかげなんだヨ」