誰も排除しない、ごちゃまぜ社会のために

 5月15日の日曜日。定休日の朝なのに、上野さんは『おかえり』にいた。主催するイベント『庄内こども縁日』の本番を迎え、大人に無償で提供する100食分の弁当を用意するためだ。イベント会場の庄内神社までは徒歩10分強。上野さんは『おかえり』と行ったり来たりで忙しい。

「こんなに集まってくれるとは思わなかった。特に小学校の校長先生が来てくれたのは大きい。今後、気がかりな子どもがいたときに情報交換をしたり、連携を取ったりしやすいからね」(上野さん)

『こども縁日』と銘打ってはいるが、会場は老若男女がごちゃまぜで、いかにも『おかえり』主催のイベントらしい。

「学校でもらったチラシを見て来ました」と言うのは、小学生の息子を連れた40代の女性。孫と一緒に訪れた男性は「ここ数年、コロナでお祭りも中止になっていたから、地域でこういう催しがあるのはうれしい」とほほ笑む。

 綿あめ、焼きそば、フランクフルトに射的、バルーンアート……境内にはさまざまな出店が並ぶ。これらはすべて有志によるボランティアが手がけている。

「上野さんのフェイスブックを見て、今日のイベントを知りました」

 そう話すのは大学4年生の陣内巧さん(21)。手形のペインティングをしたり、折り紙をしたり、子どもたちと一緒に楽しめる巨大アートの作品づくりを企画した。

「大阪だけでなく、兵庫や滋賀など関西の各地域から集まった大学生が20人ほど参加しています」(陣内さん)

 学生たちばかりではない。この日もハイアットリージェンシー大阪が子どもたちに無償のお弁当を提供、サンリオやパソナといった有名企業もイベントに協力していた。国連の定めた持続可能な開発目標『SDGs』が叫ばれる昨今とはいえ、地域のお祭りとは思えないほどの注目度だ。

見本用のお惣菜。常に10種類は用意されている 撮影/齋藤周造
見本用のお惣菜。常に10種類は用意されている 撮影/齋藤周造
【写真】『おかえり』の2階、秘密基地のようになっている子どものスペース

 前出・佐々木さんは、その秘訣をこう分析する。

「上野さんはよく“妄想劇場”って言うんですよ。こうなったらいいなという妄想を言葉にして、周囲に話すんです。おそらく『庄内こども縁日』も妄想劇場から始まったんじゃないかな」

 妄想を言葉にすると、それに共感する人や、情報を持つ人も現れるようになる。

「周囲を巻き込むと、妄想が現実の形になっていく。そんな求心力が上野さんにはあります」(佐々木さん)

 母親としての思いが原動力になっていると語るのは、前出の松中さん。

「お母さんって、自分の子どもに食べさせなきゃって思うじゃないですか。でも敏子さんは、ホームレスのおっちゃんでも、シングルマザーでも、自分のところに来てくれた人はみんな、おなかいっぱい食べてほしいと思っているんじゃないかな。そういう気持ちが人より強いのでしょうね」

『おかえり』を拠点に、精力的に活動を続けてきた上野さん。今後について尋ねると、こんな言葉が返ってきた。

「子ども支援からスタートして、コロナ禍では生活が苦しい大人たちも店に来てくれるようになりました。お惣菜の持ち帰り専門にしたら、発達障害を思わせる若者が多く訪れるようになり、彼らの受け皿がないこともわかってきた。そんなふうに『おかえり』は訪れる人と支援のニーズによって、今後も姿を変えていくのだろうと思います」

〈取材・文/千羽ひとみと本誌取材班〉

 せんば・ひとみ フリーライター。神奈川県横浜市生まれ。企業広告のコピーライター出身で、人物ドキュメントから料理、実用まで幅広い分野を手がける。『キャラ絵で学ぶ!地獄図鑑』『幸せ企業のひみつ』(ともに共著)ほか著書多数。