過去の苦労を感じさせない笑顔

笑顔が絶えないそば店。「心のきれいな方ばっかりが集まってくるんです」写真提供/内田伸一郎
笑顔が絶えないそば店。「心のきれいな方ばっかりが集まってくるんです」写真提供/内田伸一郎
【写真】朝4時に起きて仕込みを始めるという川原さん

 結婚後は2児を育てながら、農業や結婚式場、介護施設、そして現在営むそば店と、さまざまな仕事をしながら、大家族を切り盛りしてきた。

「明日が生きられん、枕が濡れない日がないという人生だったんです」

 しかし、そう話す川原さんの笑顔はそんな過去の苦労を微塵も感じさせない。

「私はいつも誰かに求められて、導かれて今ここにいるんです。挫折している暇なんかないんですよ」

 感謝の心を忘れず、実直に働く川原さんに周囲の人が次々と声をかけ、その縁で新しい仕事が舞い込んでくる。

「周りの人に本当に助けられて、何も物に困ることはありません。お金にだけは困っていますけど(笑)」

ガラケーしかないのにユーチューブに挑戦

 ユーチューブで川原さんが紹介しているのは、節約と工夫を重ねる日々の中で生まれたレシピ。そこには野菜の皮や茎、芯、つるまで無駄にせずおいしく食べるための、無数の工夫がこらされている。

 幼いころから料理とともにあった川原さんの生活。誰に教わるでもなく、自ら考えて編み出した料理は川原さんの人生そのもの。

「地位も名誉も何もない私が、自分の子どもたちに残せるものは、自分の後ろ姿、足跡しかありません。それを形にして残したかった。それがこのレシピなんです」

 2人の息子も現在、川原さんの料理を覚えて作っているという。自分の子どもたちにと思っていたレシピ。それは徐々に、まんのう町の若者に、そしてもっと多くの若い世代に残したいという思いに変化する。

 そんなとき、そば店の10年来の常連さんに提案されたのがユーチューブだった。川原さんは当時、携帯もガラケーだったが、「おもしろそう!」と躊躇なく飛び込んだ。

 そこから2年間、スタッフとともに走り続け、300を超えるレシピ動画を公開した。

「孫のようなスタッフに大事に手取り足取りしてもらっています。本当に楽しくて、撮影現場ではみんなずっと笑っているの。生ある限りやっていきたいと思っています」

 撮影は、朝9時から5時間ぶっ通しで行うハードスケジュール。撮影前にも川原さんのこまやかな気配りがある。

「ずっと大家族だったから、お料理は大きな鍋に砂糖やしょうゆを目分量で入れて作っていたんです。でも、動画を見てくれる皆さんに合う分量に直すのは礼儀。1レシピにつき3回は試作します」

 さらに、季節や生活環境の変化に合わせて、少しずつアレンジを加えている。

「若い子たちになじんでもらおうと思ったら、時代に合わせなければ。この四苦八苦もまた楽しいんです。『仕事で疲れているときに見て癒されています』なんて言ってもらえて、こちらも元気になります」