葛藤しながら歌った『みずいろの手紙』

デビュー当時のレコーディング風景。本当の自分とアイドルとしてのイメージのギャップに悩んでいた
デビュー当時のレコーディング風景。本当の自分とアイドルとしてのイメージのギャップに悩んでいた
【写真】「すごい可愛い子」と評判だった高校時代のあべ静江

「お元気ですか?」と切なく優しい語りから始まる、『みずいろの手紙』。清楚なあべ静江のイメージと歌の世界が合致した代表曲だ。が、前述のとおり、実際のあべは、自分の意見をしっかり持つ強い女性。セカンドシングルとして渡された、この曲に抵抗感を覚えたという。

遠くに行った恋人に、もう一度会いたいという切ない恋心を綴った歌。なんか、うじうじした女性だなと思って、歌の主人公を好きになれなかったの(笑)。'70年代は女性が社会進出して強くなり始めた時期なのに、時代に逆行しているようでイヤだった。

 歌いたくないと自宅に籠城した末のレコーディング。悔しくて半分泣きながら歌ったのが、かえってよかったんでしょうね(笑)

 哀愁を帯びた歌声の裏には、本人の心の葛藤が隠されていたのだ。

「でも、先輩歌手の方々に伺うと、実は自分の代表曲が嫌いだったという人は多いんです。不思議ね。ヒット曲って、人間が計算して作れるものじゃないんでしょうね。なにか神がかり的なものが作用して生まれる気がします」

 年を重ねて、歌への思いも変わっていった。

「あるとき、久しぶりに『みずいろの手紙』を歌ったの。すると最前列の女性のお客さんが、私を見つめたままボロボロ涙をこぼしていたんです。それでハッと気づきました。私の歌が、みなさんの思い出に深くつながっているんだと。

 歌っているのは私でも、世の中に発表した瞬間に、歌は私のものではなく、みなさんのものなんですよね。これまで、なんて驕った考え方をしていたのかと心から反省しました。それからは、気持ちよく歌えるようになって、この歌が大好きになりました」

 20代のあべは、歌手のみならず、女優としても映画やドラマに引っ張りだこ。舞台でも主演を張るなど八面六臂の活躍。そんな人気絶頂の中、29歳でシンコーミュージックから独立し、個人事務所を立ち上げる。しかし、その船出の先は穏やかな海ではなかった。