人が健康であるため、どうすればいいのか

 2017年7月、NPO法人Healthy Children, Healthy Lives(ヘルシーチルドレン、ヘルシーライブス)を立ち上げた。

「理念としては、子どものころからの病気予防とトータルヘルスプロモーションの2つです。子どものころから病気の予防って当たり前のように思うかもしれないですけど、実はみなさん、当たり前のようにはなってないんですよ」

 それで冒頭の質問が出たというわけだ。どの病気も子どものころから栄養バランスのよい食事を心がけたりすることで、かなりの予防ができることがわかってきたという。

「うちのクリニックでも、ちゃんと食べずに体調を崩している患者さんがたくさんいらっしゃいます。肝臓のALT値が60を超えていたり、中性脂肪や尿酸値が高い人は、まだ病気を発症しているわけではないんですが、もう崖から落ちちゃってるんですね。

 私たち医者はその方たちを必死で助けます。ですけど、それってすごく大変なんですよ。崖に向かっている人に“そっちへ行かないで!”と引き戻したり、より多くの人が崖へ向かわないように、予防することが要なんです」

 生まれ持った要素は、変えられない部分もあるが、食事や栄養を見直すことで変えられる部分もあると説く。

「例えば発達障害の子は、血液検査をすると、鉄、亜鉛、オメガ3、ビタミンDが足りないことが多いです。鉄はすべての細胞に必要で、不足していると脳の細胞がちゃんと機能しません。足りていない鉄やビタミンDなどの栄養を足してあげると、それまでつながらなかった脳のネットワークがちゃんとつながっていきます。すぐ癇癪を起こしちゃうような子でも3か月、半年たつと、癇癪を起こさなくなったという事例があるんです」

 そうした生理学的な基盤を整えることと同時に、認知行動療法(認知に働きかけて気持ちを楽にする精神療法)や運動や音楽療法などのアプローチも大切であるという。

「トータルヘルスプロモーションとは、食と栄養、運動、睡眠、生活習慣、ストレス管理、人間関係、環境保全がすべて調和してこそ健康であるという考え方なんですね。

 全部完璧にやろうとするのは大変なんですが、人と人とのつながり、つまり誰とどういうふうにつながっているかというのは、とても大事なんです。ひとり暮らしより誰か家族がいたほうがいいし、友達がいない人よりいる人のほうが、圧倒的に健康度が高いっていうのは、グローバルな研究結果があるんですよ」

承認欲求は不健康

 ただ、ネット・コミュニケーションでつながりすぎることによる「SNS疲れ」についてはこう指摘する。

「それは使い分けないとね。ある程度シャットダウンして、依存しないとかね。そもそも承認欲求ってね、あれ不健康」

 そして、健康に過ごすためには、「脳のレジリエンス」が大切な要素なのだとも。

「脳のレジリエンスとは、予期しないことが新たに起きたときでも対応できる力、柔軟性に富んだ受け入れ方ができる力なんですね。変化に適応できないと生物は絶滅してしまいますからね」

 脳のレジリエンスを維持するにも、脳が正常に機能するための食と運動、睡眠が重要なのだそうだ。

「私、小児科の中では異端なんですよ」

 通訳に医師というキャリアをプラスしてきたバイタリティーあふれる伊藤さん。その元気の源を改めて問うと、

「たぶん健康なんでしょうね。それは親の手柄っていうか。両親ともに健康オタクでしたし。それに好奇心が強いんですね。調べたいなと思うことがあったら、すぐ飛行機乗って行っちゃいますもん。音楽療法について知りたいと思ったとき、ニューヨークの音楽療法を行うところへ取材させてほしいってすぐ飛びました」

 長女は管理栄養士で、長男は大学院で公衆衛生学を学んだそうだ。子どもたちの進路について口を出したことはないそうだが、自然に母の影響を受けたのかもしれない。すでに2人のお孫さんのおばあちゃんという伊藤さんだが、のんびりする様子はない。