よかれと思って注意していたことが…
こういったとき、そっとして、存分に怒らせてあげるのが良策だ。
また、認知症の初期段階や軽度認知障害の状態にある人々は、以前はできていたことができなくなったり、記憶があいまいになったりすることに大きな戸惑いを感じてしまう。こういった状況で、性格が変化したように見えたり、感情のコントロールが難しくなったりすることもある。
「ご家族も戸惑う中で、衝突が起こってしまうこともありますね。大手企業を定年まで勤め上げ、引退後も趣味のゴルフやボランティアなど充実した日々を送っていた正夫さん(77歳)の話です。
認知症を発症して施設に通い始めてからも子どもの登下校の交通整理をずっと続けていました。ですが、子どもたちを大声で怒鳴りつけたり、いきなり怒り出すことがあり、同居している娘さんは認知症が進んできたのかと心配されていました。
でも、お風呂の介助をしているとき正夫さんといろいろ話をすると、実は娘さんが日常生活のなかで正夫さんにあれこれ指示を出していて、なにかミスをするたびに叱られ、自分が情けないと感じてしまっていたことがわかったのです」
娘さんがよかれと思って細かく注意していたことが、正夫さんの気持ちを少しずつ傷つけ、いら立たせていたことが判明。娘さんが穏やかに接することを心がけた結果、収まった。
「娘さんには、ちょっと肩の力を抜いて、できないことが増えていくのは自然な過程だと思ってみませんか、と声がけしました。お年寄りもご家族も“その身体でどう生きていくか”という視点の転換が必要だと思うんです。新しい身体状況で関係を再構築していくことが、介護における重要な支援です」
再構築のプロセスにおいて稲葉さんが大切にしていることが、その人が昔から好きだったことや得意だったことを活(い)かす環境づくりだ。
「心を元気にし、楽しく暮らすためには、その人が活躍できる場面をつくり、人に必要とされているという実感を持ってもらうことが重要だと思います」