「父親としては評価することはできない」
「テレビをつけても、新聞をめくっても、街を歩いていても周りの人が『鈴木宗男って……』と話し、日本中が『鈴木宗男は悪』と信じ切っていたあの時間を覚えている人がいかほどいるでしょうか。
私は、家族は、事務所や後援会は忘れることはありません。あの当時の空気感や鈴木宗男に向けられた視線が忘れ去られることに、悔しさすら感じます」
鈴木宗男の長女である衆議院議員の鈴木貴子はこう振り返る。
「検察によるリーク情報を一方的に垂れ流してきたメディアが今、『貴子さんも、あの当時はさぞ大変だったでしょう。どんな気持ちで過ごしていましたか』と平気で聞いてくる残酷さ。
誰よりもそのおぞましさを経験してきた鈴木宗男ですが、いつ何時も、そのメディアに一挙手一投足をここまで注目させ続けてきていることが、あっぱれです」(貴子)

27歳のとき、貴子は初当選を果たす。自身が国会議員になる以前から、父である鈴木の遊説を手伝うなど、その背中を見てきた。刑事被告人時代、地元北海道・留萌の漁港で遊説していると、「根性を直してこい!」と老人から罵倒されたことがあった。その矛先は、鈴木ではなく、貴子に向かうものだった。
「私が教えたわけではないのに、貴子はその老人に対して、『わかりました。ありがとうございます』と深々と一礼していました。家族の存在なくして、今の私はありません。勾留されていたときも、娘は留学先のカナダから毎日FAXを事務所に送ってくれました」
涙をぬぐいながら振り返る
ティッシュペーパーで涙をぬぐいながら、鈴木が当時を振り返る。一連の容疑は、検察庁の特別捜査部(通称「特捜部」)が捜査する特捜事件だった。凶悪事件の犯人ですら家族と面会ができる。だが、鈴木にはその権利がなかった。
「貴子が夏休みで帰国していることを知っていた検察は、『娘さんに会いたくないですか?』と誘惑してきた。娘に会いたい気持ちを逆手に取って、『罪を認めます』と言わせたいわけです。ですが、弁護士経由で妻から『罠だから耐えなさい』とのメッセージを受け、踏みとどまった。負けてたまるか─。その気持ちだけでした」
罪を認めれば、釈放され、執行猶予がつく形で決着しただろう。だが、鈴木は手打ちを拒んだ。最後まで戦うと決めた。その結果、栃木県にある刑務所(喜連川社会復帰促進センター)で1年間の服役生活を送ることになる。
政治家として自らの信念を曲げない。それは、家庭を顧みない生涯政治家であり続けることを意味する。貴子にとって、“父”としての鈴木宗男はどんな存在なのか?
「家族としては父親・鈴木宗男を諦めるしかありません。何度殺されても、そして生き返っても、鈴木宗男は政治家・鈴木宗男でしか生まれ変わることはできません。これまでも、これからも家庭人、父親・鈴木宗男として生まれ変わることはできない」
2児の母でもある貴子は、孤独・孤立対策の議論をリードし、内閣官房に孤独・孤立対策担当室を設置した。家庭人の視点を持ちながら政策を実行する姿は、父を反面教師にしているからこそでもある。鈴木は、保釈後に胃がんが発覚した際、手術ではなく、直近に控える衆議院選挙への出馬を優先しようとしていた。それを止めたのが貴子だった。自身の命すら顧みず、鈴木は今も昔も政治の道を突き進む。
「鈴木宗男を核に一致団結した家族? 仲の良い親子? 否定するものではありませんが、『生まれ変わってもこの家族で』とは、私たち家族は誰も思っていないと思います。本人はどうかわかりませんが……。
母は自らの選択をきっと何百回、何千回と悔やんだのではないでしょうか(笑)。母の苦労は言葉にできません。そして、きっと水を向ければ山のように愚痴は出てこようとも、最後は『でも、鈴木宗男は間違いなく誇れる仕事をしてきた』と言うのではと思います。その言葉を、“家族を顧みることのない免罪符”として、唯我独尊で生きる鈴木宗男を父親として評価することはありません」(貴子)
ただ、23年ぶりに自民党議員として国政に復帰した父親に期するものはあるという。
「選挙中、鈴木宗男の演説を見た青年局の仲間が、『魂が震えた』『これが政治家の演説か』と感嘆していました。今、自民党に欠けているものは、そうした“政治家の気概”なのだと思います。何歳になろうが常に全力、手を、気を抜くことを知らぬ、『これぞ叩き上げ』という鈴木宗男の熱量は、スマートではあるもののどこか物足りなさが残る若手政治家にとって、いい刺激になってくれると」(貴子)
そして、こう付言する。
「言葉が足りない、もしくは本意や本心を伝えるためにも必要な前提がおろそかになっていて誤解を生んでいることはもったいない。何よりも、その指摘に対して『わかる人はわかる』と意に介さない姿勢に、“限界”を感じます。定年の特例で公認され、議席を得て、自民党に議員として復帰したのなら、“生涯政治家”の前に、“生涯学習”の姿も見せてほしい」(貴子)
血は水よりも濃い─。