ファーストネームで呼ばれる政治家

北は稚内から南は波照間島まで、2万139キロというとんでもない遊説ぶりに「影武者がいるのでは?」と話題になった
北は稚内から南は波照間島まで、2万139キロというとんでもない遊説ぶりに「影武者がいるのでは?」と話題になった
【写真】2019年8月に衆議院議員となった貴子と親子で登院する鈴木宗男

 2万139キロ。今回の参議院選挙期間中に、鈴木が遊説した総距離である。わずか17日間で北は稚内から南は波照間島まで、地球の半周分に相当する距離を踏破した。

 後期高齢者にもかかわらず、代名詞である選挙カーから身を乗り出す“箱乗り”は健在。昼食は、ほとんどコンビニの菓子パンで済ませた。そのバイタリティーから、一部では影武者説まで浮上したほどだった。

「毎日牛乳を飲んでいる人間より、毎日牛乳配達をしている人間のほうが強いんです(笑)」

 健康の秘訣を問うと、農家出身、叩き上げの鈴木らしい答えが返ってくる。

「高齢の政治家には、政界から引退してほしい」という声もあるだろう。だが取材中、ひっきりなしに鈴木のガラケーは鳴り、短い電話一つをとっても、「この前の〇〇、助かりました」と具体的なエピソードを交えながら謝意を、ねぎらいの言葉を、紡いでいた。

 鈴木は、組織や団体割り当てが一切ない中で選挙戦を戦った。獲得した約13万票は、その回答である。

 北海道帯広市に生まれた筆者は、気がつくとこう切り出していた。

「宗男先生が造った北海道の高速道路。20年前、私の母親は、『こんな無駄なもんはいらん』と話していたのですが、今回、宗男先生に取材する旨を伝えると、『札幌まで2時間半で行けるようになって、大好きなファイターズの応援に行きやすくなった。お礼を言っておいて』と言われました」

 照れくさそうに、「そう言っていただけるのはありがたい」と鈴木は笑った。

「『鈴木の造った高速道路は車より熊の渡る数が多い』なんて、当時の石原伸晃規制改革担当大臣から言われましたが、'16年8月、北海道に4つの台風がきた際、帯広、釧路、根室、網走管内に通じる国道、JRは不通になり、唯一使えたのはこの高速道路だけでした」

 “鈴木宗男事件”の中で、公共事業=利益誘導といわれ、バッシングを受けた。だが、この道路のおかげで北海道の利便性は格段に向上した。高校生のときに誓った、「都市と地方の格差をなくしたい」という思いを、非難を浴びながら形にしてきたのが、鈴木宗男という政治家なのだ。

2019年8月に衆議院議員となった貴子と親子で登院
2019年8月に衆議院議員となった貴子と親子で登院

 参議院議員として任期は6年。言葉に熱を込める。

「まずは、長年取り組んできた北方領土問題を前進させること。元島民の平均年齢は90歳です。島民の想いを叶えるためにも、北方領土と向き合っていかないといけません。

 そして、若い政治家を育てていきたい。今の自民党は、1000万円、2000万円といったお金の届け出をしていない裏金議員が候補者として選挙に出ている。届け出をした400万円で政治活動を奪われた私からすれば、自民党はどうしてしまったんだと。若い議員に、政治家とはどういう存在なのかを伝えていくことも、私の使命だと思っています」

 先の選挙は、「奇跡の当選」と呼ばれた。だが、悪名、汚名を着せられ、政治家として「終わった」と思われた男が、道を歩くといまだに「ムネオだ!」とファーストネームで呼ばれる。そのこと自体、奇跡だろう。60年前の少年の志は、いっこうに枯れることはなく、今なお政治の大地に、決して倒れることのない根を張っている。6年間でどんな花を咲かせるのか─。鈴木宗男の信念は揺らがない。

<取材・文/我妻弘崇>

あづま・ひろたか フリーライター。大学在学中に東京NSC5期生として芸人活動を開始。約2年間の芸人活動ののち大学を中退し、いくつかの編集プロダクションを経て独立。ジャンルを限定せず幅広い媒体で執筆中。著書に、『お金のミライは僕たちが決める』『週末バックパッカー』(共に星海社新書)がある。