たけしにあって有吉にないもの
弱い立場の人を責めない、追い込まないことを思いやりとするのなら、たけしさんと比べて有吉さんは思いやりが足りない気がするのです。不愉快な目にあわされたんだから当然だと思う人もいるかもしれませんが「やられたら、やり返す」に終わりはありません。ご家族もいるわけですから、恨みを買うような行為は避けたほうがいいのではないでしょうか。
有吉さんは9月6日放送の『有吉の夏休み2025 密着77時間in Hawaii』(フジテレビ系)において、事務所の後輩でもある野呂佳代さんへの体型いじりがハラスメントではないかと話題になりました。テレビ局がコンプライアンスを強化し、視聴者の意識も変わっていますから、毒舌というジャンルの芸人さんには難しい時代と言えるでしょう。
でも、こんなとき、やはりヒントになると思われるのが、たけしさんなのです。みなさんご存じのとおり、たけしさんは映画監督として、世界的に高い評価を得ています。バイオレンス色の強い作品『HANA-BI』でベネチア国際映画祭金獅子賞を受賞したたけしさんですが、『私は世界で嫌われる』(新潮文庫)内において、映画作りの哲学を“振り子理論”という言葉で説明しています。次回作は『HANA-BI』とは打って変わって、バイオレンスの影がまったくない、マザーテレサのようなキャラクターが出てくる愛をテーマにしたものを作りたいと展望を語っていたたけしさん。
なぜ作風をがらっと変えるかというと、同じものを作っていると飽きてしまうことと、清らかな愛を描いたあとに再度暴力的な作品を撮ればもっともっと過激なものが作れるから。ギャップや振れ幅が大きいことで、暴力や純愛がそれぞれ引き立て合い、より魅力的に感じられる効果を“振り子理論”と名付けたわけです。
有吉さんも同じことではないでしょうか。有吉さんが女性の見た目いじりを「これは芸だ、これが面白いんだ」という信念を持って続けるなら、それはそれでかまわないと思います。ただし、反対側に振り子がふれること、つまり、いい人エピソードも必要となります。振り子が左右に触れる、つまり、時代に逆行するような毒舌も吐くけれど、それと同じくらい、いい人であることを印象付けられると「毒舌だけど、いい人」になるわけで、いい人エピソードがないまま毒舌を続けるなら、有吉さんは視聴者に「意地悪な成功者」とみなされて、そっぽをむかれてしまうのではないでしょうか。
『徒然草』の作者、吉田兼好は「少しのことにも、先達はあらまほしきことなり」と書いていますが、先の見えない時代、毒舌芸人さんたちが頼りにすべきは、たけしさん一択なのかもしれません。
仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ。会社員を経てフリーライターに。『サイゾーウーマン』『週刊SPA!』『GINGER』『steady.』などにタレント論、女子アナ批評を寄稿。また、自身のブログ、ツイッターで婚活に悩む男女の相談に応えている。2015年に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)を発表し、異例の女性向け婚活本として話題に。好きな言葉は「勝てば官軍、負ければ賊軍」