料理のレパートリーは多くないが、何事も「終わるのが好き」だから料理を作れるのだという。

今日はこれにしようと考えて作って、終わるとホッとする。外食は足が悪くなったこともあってほとんどしません。今は食事の宅配もありますが自分で作ったほうがおいしいんです

やってくれる人がいなければ自分でやるしかない

 昭和生まれの男性は、妻に家事を任せてきて、料理や掃除ができない人も少なくない。阿刀田さんが料理を作るのは、20代の7年間のひとり暮らしの経験が役立っている。

国立国会図書館に勤務していたころの阿刀田高さん
国立国会図書館に勤務していたころの阿刀田高さん
【写真】同世代はもちろん、若いうちから読んでおきたい阿刀田さんの最新著書

コンビニやスーパーがないころだったので、食事は自分で作るしかなかった。70年前の杵柄です。今は掃除はヘルパーさんに頼み、洗濯は洗濯機がやってくれるので料理だけ。誰もやってくれる人がいなければ自分でやるしかない。当然のこと、普通のことです。

 レストランで食べるようなおいしいものを作ろうと思ったら大変ですけど、トマトをぐちゃぐちゃに切ったって、トマトには違いない。だからいいやぐらいで考えれば、料理をしたことがない男性だって作れますよ」

 夜はおおむね11時には就寝するという規則正しい生活で1日を締めくくるが、高齢者には「キョウヨウ」が大切だという。

教養ではなく、今日、用があるかどうか。用があれば生活にリズムが生じ、張り合いのようなものが生まれます

 阿刀田さんは国立国会図書館で司書として11年間勤務したのちに作家デビューを果たした。戦後、16歳で父を亡くし、20歳で肺結核を発症。逆境の中、阿刀田さんを支えてきたのは読書だったという。

おいしい料理は食べたらそれで終わりですが、本を1冊読むと3日間ぐらいは楽しめます。ただ、最近は目が悪くなり、本を読むのがつらくなってきた。年をとれば時間ができてたっぷり本を読めると思っていたのに、ちょっとアテが外れました。最近は拡大コピーをして読むようにしています

 執筆の際は「漢字が出てこない」「うまく字が書けない」といった衰えを感じることもある。

情けないなあと思いますが、90歳になると諦めることになんの屈託もありません。達観の極みです

 読書ともうひとつ、阿刀田さんを支えてきたものが阪神タイガースだ。

長い間、駄目トラだったので、『愛しているが信じていない』という名言を作ったほどです(笑)。恋愛にもそういうことがあるでしょう。ただ、最近の阪神はその場限りではなく、長期的な展望があって、少しは信じられるようになりました(笑)

 趣味といえば、老後は「通信簿の下のほう」が大切だと痛感している。小学校のとき、通信簿の上のほうに国語、算数、理科、社会、下のほうに図工、音楽、体育があった。

私の家では上のほうが重視されましたが、老後は絵が描ける、ピアノが弾ける、山へ行くといった能力があるほうが楽しめることに気づきました。友人からの絵手紙はうれしいし、近所の年配者が吹くサックスはうらやましい。私は時折、墨をすり、いたずら書きを楽しむくらいで、そこはちょっと悔いがあります