今年5月に妻を見送ってから、はや数か月。妻は認知症が進んでも、阿刀田さんが訪ねてくるのを一番の喜びにしていたそうだ。今はリビングの遺影に「おはよう」と笑いかけている。
あるがままに受け入れて『仕方ない』と思う
妻を見送った夫はガクンとくることも多いが、阿刀田さんは「これで自分もいつ死んでもいい」と楽になったと話す。妻の介護は自宅で2年、施設で2年に及んだ。
「介護をしているときは、この人より先に死んだらダメだというプレッシャーがずっとあったのでそこから解放されました。これで自分がいつ死んでも誰も困らない。自由に好きに生きればいいと」
著書の中で妻の介護についてほとんど触れていないところにも、妻への深い愛情が感じられる。
「認知症でいろいろ忘れてしまうことや、こちらも騙し騙し接していたことは、あまり語りたいことではない。何よりも妻の尊厳を守りたいという気持ちがあります」
90歳にして機嫌よく毎日を過ごすコツは「あまり欲望を持たないこと」と阿刀田さんは語る。
「大概のことは、あるがままに受け入れて『仕方ない』と思う。その限界の中で、何が自分にとって一番都合がいいかを考えながら、なんとかやっていくのが90歳の日常です。毎日は不自由であふれていても、ひとりで生きるという自由を享受しているのを、せめてもの喜び、慰めとして生きています」
90歳の次は、5年後の95歳バージョンにも期待がかかる。
「90歳と95歳は相当違うと思いますよ。自分の周りは律義だった人からの年賀状もどんどん来なくなるし、誰が生きてるんだろうと。編集者は私の最後の本を狙ってるんだろうけど(笑)」
お元気でユーモアにあふれる阿刀田さんの生き方から学びを得るシニア層は多いに違いない。
取材・文/紀和 静
あとうだ・たかし 1935年、東京都生まれ。早稲田大学文学部卒。国立国会図書館に勤務しながら執筆活動を続け、1978年、『冷蔵庫より愛をこめて』で小説家デビュー。1979年、短編集『ナポレオン狂』で直木賞、1995年、『新トロイア物語』で吉川英治文学賞を受賞。2018年には文化功労者に選出された。短編小説の名手として知られ、900編以上を発表するほか、『ギリシア神話を知っていますか』をはじめとする古典ダイジェストシリーズにもファンが多い。












