ケンカ別れをしてから十数年後、都内で会社勤めをしている久乃は思いがけない形で綸に再会する。

最初はプロットのようなものを作って書いていたのですが、特に大人になった久乃と綸の言動は私が思っていたものとは違っていました。だからプロットは無視して、“二人がくっつくならそれでいいし、くっつかなくてもそれはかまわない”という感覚で書いていました

誰かを傷つけないと生まれない感情もある

 執筆の途中、綿矢さんの脳内には、新宿にある百人町のラブホテルの中で二人がケンカをしている映像が浮かんできたという。

この場面を書き込んでいくうちに、大人になってからの二人の関係性が定まったように思います。久乃と綸は、傷ついたりぶつかったりすることで絆を深めてきました。誰かを傷つけないと生まれない感情もあると思うんです

 一番思い入れがあるのは、成長した二人が京都へ行き、久しぶりに帰省をした久乃を綸が家の前で待っている場面だそう。この光景も、綿矢さんの頭に執筆中に浮かんでいたものだ。

久乃は綸のすすめで両親が暮らす家に帰りました。でも、やっぱり家族とはうまくいかないことに気づいて家から出るんです。深い孤独を感じる瞬間に自分を待ってくれている綸を見て、久乃はすごくうれしかっただろうなぁって。このシーンを書くことができて本当によかったと思っています

 物語のラストは─目に見えない永遠の炎が、燃え続けている。─の一文で締められている。“永遠の炎”は、綸が中学時代に練習し、久乃が歌詞を日本語に訳したバングルスのヒット曲『エターナル・フレーム』の題名にも通じる。

この曲を知ったのは物語を書き始めたころで、ちょっと不安げで美しくてチャーミングな歌声が久乃と綸に合いそうだなって思ったんです。私自身、“永遠の炎というものがあるのだろうか、ないのだろうか”と考えながら書いていましたし、物語全体のテーマにつながる曲なのかもしれません

 本作は中学時代が舞台の第一部と、三十二歳からの二人の関係を描いた第二部の二部構成になっている。これは綿矢さんにとっての新たな挑戦でもあるようだ。

私は若いころから小説を書き始めたということもあり、これまで青春時代を送る主人公の物語をたくさん書いてきました。今回の作品には長い時間が流れていて、同じ人物の違う年代での悩みや葛藤を書くことができました