物語の後半には、小説家が河童の子孫とおぼしき男性に次のような言葉をぶつけられる場面がある。

タイトルは芥川龍之介が詠んだ俳句から引用

─《河童は生まれて来るかどうかを選ぶようになったんだ。こんな世の中に、誰が生まれて来たいもんかね。それでもう、河童はいないんだよ。生まれてこないからね》─

河童を描くにあたり、芥川龍之介の『河童』をかなり参考にしていまして、河童が生まれるかどうかを選ぶというのは『河童』で書かれていることです。本書に登場する河童たちは、これまで人間がやらかしてきたことに怒っているんじゃないかなぁという思いが私の中にあるんです

 タイトル『水は動かず芹の中』には、河童に関するあるイメージが込められている。

芥川龍之介が詠んだ『薄曇る 水動かずよ 芹の中』という俳句からタイトルを引用しました。私の中には河童が芹を食べているイメージがあったんです。調べてみると“芹を摘む”という言葉には徒労という意味があり、河童が一生懸命に戦を止めようとする物語にも通じると思い、タイトルを決めました。物語には大河ドラマなどでおなじみの武将なども登場します。歴史好きの方にも、ファンタジーが好きな方にも楽しんでいただけたらうれしいです

最近の中島さん

家の庭に、祖母の時代に植えられた柿の木があるんです。自慢したいほどおいしい甘柿なのですが、鳥との奪い合いが続いていて……。人間には柿が青いうちに採って追熟させるという知恵がありますから、高枝切りばさみを買ってきたんです。これで、届かなかった柿も収穫できますし、もう鳥には負けません(笑)

取材・文/熊谷あづさ

中島京子(なかじま・きょうこ)/1964年、東京都生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒。出版社勤務を経て渡米。帰国後の2003年『FUTON』で小説家デビュー。2010年『小さいおうち』で直木賞、2014年『妻が椎茸だったころ』で泉鏡花文学賞、2015年『かたづの!』で河合隼雄物語賞、歴史時代作家クラブ賞作品賞、柴田錬三郎賞など受賞歴多数。他の著書に『長いお別れ』、『やさしい猫』などがある。