『酔うと化け物になる父がつらい』が反響を呼び

 そんな折、菅原さんから「アルコール依存症外来を取材しませんか?」という話が来た。そこで菊池は衝撃的な事実と向き合うことになる。

「それまで私は本当に父が依存症だと思ってなかったし、父自身もそうだったんですけど、『やっぱり依存症じゃん!』と」

 菊池にとってのアルコール依存症とは、毎日酒を飲む、手が震える、酒が切れるとすぐに買う、働けずに借金を抱えるといったイメージだったが、酒を飲むとしばしば記憶をなくす、人前で服を脱ぐ、泣いたり、怒ったり、暴れたりするといった酔い方も依存症であることを知り、「毎週末、記憶をなくしていた父もそうだったんだ」と気づいたという。

「家族の話はいずれ描きたいと思っていたんですが、それまで私は母のことをテーマにしようと思っていたんです。でもその取材の後、父がアルコール依存症だったことを菅原さんに話したら、『お父さんのことを漫画に描いてみたら?』と言われたんです」

 このことがきっかけとなり、'17年、『酔うと化け物になる父がつらい』を出版、大きな反響を呼んだ。エスムラルダは「執筆時は菊池さんが何かすごい覚悟を持って、今までとは全然違うタイプのものを描いているというのが伝わってきたので、作品が大きな話題になり映画化までされたときは、自分のことのようにうれしかった」と話す。

 菊池の漫画家人生にとって大きな転換点となった本作以降、毒親育ちの人たちの体験談をまとめた『毒親サバイバル』、常々感じている生きづらさを綴った『生きやすい』、依存症について取材をした『依存症ってなんですか?』など、現在も取り組んでいるテーマについて発信を続けてきた。

 しかし'22年、インターネット上で連載していた宗教2世に関する漫画が突然公開中止となり、そのまま打ち切りとなる。原因は、ある新興宗教団体からの抗議だったという(連載は後に漫画『「神様」のいる家で育ちました~宗教2世な私たち~』として別の出版社から発売された)。

「このときは連載打ち切りのトラブル、当時付き合っていたパートナーとの関係などにストレスを感じていて、いろんなことから離れたい、距離を置きたいと思ったのと、50歳を前に『残りの人生で身体が自由に動くのって、あと10年くらいかしら?』と思って。それで『この10年で、やりたいと思っていたことをやろう』と決めたんです」

 菊池はその年の5月から半年間、長野県・蓼科にある賃貸の別荘を借りて生活した。

「もうめっちゃ楽しかった! ひとりになるってこんなにいいの!? 今の人間関係を離れて、ゼロからスタートの人間関係ってこんなに楽なのかと思いました(笑)。このときに出会った人には今でもしょっちゅう会いに行っているんです」

 自然の中で暮らし、山登りや水辺へ出かけることで、菊池の精神は落ち着きを取り戻した。これがきっかけとなり、煮詰まるとひとりで旅に出かけるようになる。この心境の変化は漫画『壊れる前に旅に出た』とエッセイ『アラフィフひとり おためし山暮らし』としてまとめられたが、編集を担当した菅原さんは「突撃レポ漫画から社会派作家になって良かったこともたくさんあるけれど、苦しい場面も多いんじゃないかと思っていて。だから穏やかな時間を過ごしている描写を見て、ホッとしました」と語る。

 菊池は別荘暮らしのときにした川遊びが、今も忘れられないという。

「それまではひとりぼっちにならないと安心できないタイプだった私は、いつも暗い過去や、この先どうなるんだろうということばかり考えていたんですが、別荘暮らしで知り合った人たちと川遊びをしたときは完全に現在だけ、本当にただ目の前の楽しいことだけを考えていたんですよね。

 だって一緒にいた大学生の女の子が『飛び込め!』と言われて『はい!』って、服を着たままぴょんと川へ飛び込んじゃったんですよ!(笑) この後濡れた服をどうしようとか、そういうことを一切考えずにね。もう理由とかはなくて、私の認識がパーン!と変わる感じでした。

 川で一緒に遊んだ人たちは私の持ってないすべてを持っていて、そんな人たちと一緒にいることを心から『この場所にいられてよかったな』と思えたんです。子どものころから他者というのは加害をしてくる存在という認識で、家の中も安全な場所じゃなかった。大人になってからいい人たちと出会って、加害する人ばかりじゃないことはわかったけど、心のどこかで疑っていて、防犯ベルは持ち歩いている、という私の心のあり方を変えてくれた出来事でした」

 菊池の中でフェーズが変わった瞬間だった。そのことで、これまで心の中で厳重に蓋をして思い出さないようにしていた過去の“あること”を話せるようになったという。それは、19歳のときに遭ったレイプ被害だった。