父の訃報も知らせてくれなかった母と─
施設で介護をする日々のなか、疎遠になっていた両親はどうしているのか。
「母と長い間音信不通だったので、父が亡くなっていたことを知りませんでした。親戚との会話の中で知って。両親は別居していたんですが、母が介護されているという話は聞かないので、元気にしているんじゃないですかね」
父に旅立たれて、距離を置いている母はもう92歳。たくさんの経験をしてきて、自身の60代が見えてきた。
「京都町内会バンドや東京の介護の仕事など、ようやく穏やかに暮らせる場所に巡り合えたと感じています。特定の宗教はありませんが、なんというか神様の思し召しのようなものを感じます。大好きなビートルズもバンドが大変なときにインドの精神世界に魅了されたし。
達観なんか全然してないし、これからまだ大変なことがあるかもしれないけど、“自分の奥にある本当の自分”を信じられるようになった。なんていうか、愛が好きなんです。愛以外は興味ないというくらい。愛が何か、わかりたくて仕方ない。うん、趣味が愛です」
たくさんのつらい思いや別れの先に見えたものは、愛だった。今なら母親と向き合えるのでは?
「母はひとりで生きていける人だし、そうであるように磐石の体制を敷いてきて今があるので、私から介護を受けることは絶対にない。でも92歳だから、どこかで会っておかないと、という思いはあります。この取材で背中を押してもらった気もします」
晴れやかに言葉を結んだ笹野。後日、この特集に掲載するための古い写真を探しに久しぶりに京都の実家へ寄ったところ、母とはち合わせしたという。
「相変わらず毒づいて何も変わっていませんでしたが、私も成長したので怒らず聞き流せるようになって、2時間半も話すことができました」
取材当初は、聞く側としても痛々しくて胸が締めつけられたが、こんな素敵な結末が待っていたとは。また、最近は施設で歌うことも増えてきたという。これからの彼女の音楽活動や作品にどんな変化が起きるか、楽しみでしょうがない。
<取材・文/山本 航>












