奇跡の再会、最後のタッグ

2022年8月、療養先にて。他界する2か月半前のアントニオ猪木氏(右)と啓介さん
2022年8月、療養先にて。他界する2か月半前のアントニオ猪木氏(右)と啓介さん
【貴重写真】1953年、横浜で生活していた当時の猪木家

 兄・アントニオ猪木が再々婚したのは、2017年。相手は2000年代初めに知り合った女性で、兄が2012年に参議院議員に返り咲いた折、公設秘書も務めていた。

 ただし、その最後の妻は、古くからの友人のみならず、実弟である啓介さえ遠ざけたため、兄弟仲は自然と疎遠になる。

「僕だけじゃなくて、娘やブラジルに住む姉さえも連絡が取れなくなって『このまま兄貴と会えなくなるのかな』と思ったことはありました。最初は兄貴も『何でもやってくれて楽だ』くらいに思ってたんでしょう。でも、彼女の思惑は兄貴を独占すること。それで周囲を排除するように動いた。でも、本当に独占したかったら、周囲を味方にすればよかったんです」

 最後の妻は膵臓がんに侵され、2019年に他界。それを機に猪木兄弟の縁が再びつながった。2021年に再会した兄弟だが、兄はアミロイドーシスという難病に侵され、歩くことさえままならなくなっていた。

 身柄を引き取った啓介は、白金台にマンションを用意し、介護のスタッフを充実させ、闘病生活を物心両面で支えた。これが猪木兄弟にとって、最後の二人三脚となった。

「僕にとって、やれることはそれくらいしかなかったから。兄貴が『いつも悪いな』『おまえには迷惑かけた』『ブラジルはどうなってる?』とか言うんです。こうなる前に会って話せたらよかったけど……。ただ『会えないまま一生を終える』状況でなくなったことだけが、唯一の救いでした」

 2022年10月1日、希代のプロレスラー、アントニオ猪木は永眠。享年79。啓介にとって最後の闘いが終わったかに見えたが、実際はそうはならなかった。むしろ、ここから新たな闘いが始まったのである。

 アントニオ猪木に限らず、超大物が亡くなると、煩雑な権利関係の所在が宙に浮く事例は決して珍しくない。多くは遺産を相続した配偶者が、数々の権利を保有、行使することになるが、前述のとおり、最後の妻は3年前に他界している。美津子との間にもうけた長女も、2人目の妻との間にもうけた長男も、いずれも海外に居住し、日本にいない。

 つまり、アントニオ猪木の事後処理を行う適任者は、東京に住む啓介以外いないのだ。

兄譲りの身振り手振りで昔日の思い出を話す啓介さん。自身が社長を務めるIGFオフィスには、兄・アントニオ猪木氏のパネルのほか、プロレスファンとして知られる野田佳彦元首相から贈られた「初志貫徹」の色紙などが並ぶ(撮影/近藤陽介)
兄譲りの身振り手振りで昔日の思い出を話す啓介さん。自身が社長を務めるIGFオフィスには、兄・アントニオ猪木氏のパネルのほか、プロレスファンとして知られる野田佳彦元首相から贈られた「初志貫徹」の色紙などが並ぶ(撮影/近藤陽介)

「ある程度は覚悟していたんだけど、亡くなった直後は、マスコミ対応から告別式の準備まで、まあ、次から次へといろんな事案に翻弄された。こればかりは慣れないことだからさすがに大変(苦笑)」

 同様の経験をしているのが、力道山夫人の田中敬子さんである。結婚半年、22歳で夫と死別した彼女は、悲しむ間もなく次々と舞い込む煩雑な作業に忙殺された。後を託される労苦を最も知る存在だ。

「亡くなった人の後を託されるって、本当に悲しむ間もないくらい大変なんです。お金のこと、仕事のこと、相続の問題……。その大変さを知ってるから『啓介さんがいてよかった』ってつくづく思った。弟だし、猪木さんの周辺にも明るいでしょう。後を託すのに適役だもの。啓介さん、のんびり屋だから尻に火がついたかもね(笑)」

 2025年2月、啓介はアントニオ猪木のライセンス管理会社「株式会社猪木元気工場(IGF)」の代表取締役社長に就任。会社のモットーは「アントニオ猪木を10年、20年、50年先も忘れさせない」という壮大なもの。昨年は、AIによるアントニオ猪木復活が発表されたばかりだ。

「ゆくゆくはAI猪木に人生相談ができるようにしたいんですよ。散々語り継がれてきた人だけど、ファンの方々がまだ知らない兄貴の人間性を今後も伝えていきたいです」

 現役プロレスラーにして、現職の我孫子市議会議員という、往年のアントニオ猪木同様、“議員レスラー”である澤田敦士(42)は、現在の啓介の活動の旺盛さに目を見張る。

「はたから見てますと、啓介社長にも、猪木イズムは宿っていると感じます。何より行動力がすごい。啓介社長はまさに、猪木イズムを体現されていると思います」

 豊臣兄弟は、弟の秀長が先に亡くなったことで、制御の利かなくなった兄・秀吉が、朝鮮出兵に代表される愚策を繰り返し晩節を汚している。一方、猪木兄弟は、兄が先に他界したことで、弟は膨大な事後処理を託され、それは今も続いている。

「実は自分のお墓はもうブラジルに買ってあるの。『いっぺんにお参りできるように』と、きょうだい全員で買ったんです。兄貴のお墓は日本にあるけど、死後にまた何か頼まれることはないでしょうから、さすがに離れてもいいかなって。でも、まだ墓に入るわけにいかないな。だって、今はまだ兄貴に『おまえがやれ』って言われてる気がしてるんだから(笑)」

<取材・文/細田昌志>

ほそだ・まさし ノンフィクション作家。2020年刊行『沢村忠に真空を飛ばせた男』(新潮社)で講談社本田靖春ノンフィクション賞、2024年刊行『力道山未亡人』(小学館)で小学館ノンフィクション大賞を受賞。