「猪木兄弟」の天下獲りの物語
ここから「猪木兄弟」の天下獲りの物語が始まる。
スターの挑戦を共に支えることになった、妻と弟の2人が、兄の恐ろしさを思い知った事件がある。
1973年11月5日。この日、啓介は兄であるアントニオ猪木夫妻と新宿まで足を運んだ。啓介の結婚が決まり、美津子の提案で買い物をすることになったのだ。
「所帯を構えると、何かと必要になってくるから全部買ってやる」と兄も言った。「それ以外の理由はなかった」と啓介は言う。兄夫婦の言葉に嘘はなく、衣服や食器類など大量の必需品を購入した。
ところが、買い物を終えて伊勢丹を出た数分後、3人の巨漢が、突如として兄に襲いかかってきた。3人は殴る蹴るの暴行を加えると、すぐさま立ち去った。犯人は、新日本プロレスの興行で来日していたプロレスラーのタイガー・ジェット・シン、ビル・ホワイト、ジャック・ルージョー。プロレス史に語り継がれる「伊勢丹前襲撃事件」は、実は啓介の結婚祝いを奇貨としたものだった。
「何でこんな事件が起きたのかわからない。襲ったシンも実は命じられるがまま………だったのかも(笑)。帰りのタクシーの中で兄貴は黙ってた。ただ、事件が東京スポーツの一面で報じられたから『猪木対シン』の話題が盛り上がって、会場は連日の超満員。兄貴自ら仕組んだのか……真相は今もわからない。すごい話でしょう。妻にも弟にも内緒でああいうことを平然とやってのけるんだもの。同時に、何も聞こうとしない美津子さんもすごいと思ったね」
数年後、啓介が不貞を働いた際、“夫婦タッグ”の畏怖を伴う強さを思い知ることになる。
「私が別の女性と浮気をしたことがバレて、兄貴夫婦の住む代官山のマンションに呼ばれた。説教を食らうのかと思ったら、兄貴がいきなり組みついてきて、美津子さんがバリカンで、私の髪の毛を刈り上げて丸坊主に。あれには参りました(笑)」
'70年代後半~'80年代にかけて新日本プロレスは、アントニオ猪木の魅力が開花したことで、黄金期を迎えた。
前出の舟橋さんは、啓介の獅子奮迅の働きぶりを知る一人である。
「啓ちゃんが営業を担当した地域は、大阪、広島、札幌とか都市部。どこもよく(観客が)入っていました。相当、苦労をしたはず。ブラジル時代の苦しい経験も糧になっていたかもしれませんね。仕事も迅速丁寧。そういうのは意外とできないものだから」
プロレス界という未知の世界に放り込まれた啓介は、その仕事ぶりで周囲の信頼を獲得し、兄が生み出す伝説を支えた。











