正体の見えない敵と戦うような日々が続く。日常生活にもだんだん支障が出るようになってくる。
不安は再び大きくなって行った
「お店で店員さんを呼ぶときの“すみません”の“す”が出てこないんです。そのころは、心配されるのが苦手だったというのもあり、友人との付き合いもだんだん控えるようになっていました」
そして2023年、小泉さんは、転勤先の愛知県で大学病院を受診し、「痙攣性発声障害」と診断される。「痙攣性発声障害」とは、声を出そうとすると自分の意思とは無関係に声帯周辺の筋肉が過度に収縮。
声がつまったり、震えたりする症状が現れる疾患だ。原因は明らかになっておらず、現時点では完治が難しいとされている。
「まず、病名がわかり、きちんと治療に進めることにホッとしました。これでアナウンサーの仕事を続けられるかもしれない、と」
3か月に1回のペースで通院。声帯に直接注射を打って、筋肉の緊張を緩和する治療を開始する。
「ただ、症状を抑える効果はあるのですが、一時的なもので、注射を打ち続けなければなりません。良くなっていくわけではなく、ひどいときには、ささやき声さえ出ないほどでした。本当に仕事を続けられるのか、不安は再び大きくなっていきました」
仕事を続けるか、辞めるか。その間を何度も行き来し悩んだ末、小泉さんは、テレビの仕事からいったん離れ、NHKを辞める決断をした。
「大学生のとき、地元・静岡で観光大使を務めた経験があります。そのとき、言葉の選び方や声のトーンひとつで、伝わり方が大きく変わることを知りました。アナウンサーを目指すようになった原点です。『声で伝えたい』という思いが、ずっと私の中にありました。
だからこそ、その声が不完全な状態で仕事を続けることは、プロとしてどうなのか。もともと、白黒をはっきりさせたい性格なんです。声の仕事がしたくてNHKに入ったので、ここでアナウンサー以外の仕事をするという選択肢はありませんでした」











