2024年3月にNHK名古屋放送局を退局。そして、SNSで病気を公表した。定期的に治療を続ければ、日常生活に大きな支障はない。調子の良い日には、普通に話せることも。
公表することが誠意だと感じた
だがその一方で、見た目では不調がわかりにくいという難しさも抱えていた。もともとの性格もあり、家族や周囲に心配をかけたくないという思いから、つい何でもないように振る舞ってしまうことも多かったという。
「正直な気持ちを言うと、中途半端に話せるくらいなら、いっそ『まったく声が出ません』と言えたほうが、周りに伝わりやすいのに、と思うこともありました」
声に不自由さと不安を抱えていた日々について、「仕事に行くことも、友達と会うことも、外に出ることさえ怖かった」と振り返る。
「唯一、素直に気持ちを話せていたのは夫くらいでした。実家の両親にも病気のことは隠していました。そんな中で、趣味も街遊びからアウトドアへと変わりました。キャンプや釣りをしていると、自然の中では、たくさんの言葉は必要ないですから」
そんな小泉さんが病気を公表した背景には、3つの理由があったという。
「ひとつは、『痙攣性発声障害』という病気は症例が少なく、その存在を知ってほしかったこと。ふたつめは、かつての自分のように、不安から情報を探している人が検索でたどり着き、医療につながるきっかけや安心材料になればという思いです。
そして最後に、アナウンサー時代、テレビの向こうで私の声を心配してくださった視聴者の方がたくさんいたので、公表することが誠意だと感じました」
2025年、小泉さんは新たな一歩を踏み出し、声帯筋を摘出する手術を受けた。
「手術をしても完治とはならないのですが、ずっと注射を繰り返すよりも、自分なりに前に進みたいと思い、手術を選びました」
術後の経過は順調で、3か月ほど声が出ない期間を経て、現在は日常の会話に大きな支障はないという。
「NHKを辞めたあと、ホテルの広報に転職し、SNSの運用などを担当しています。形は違いますが、“伝える”という仕事がとても好きなんです。いつかまた、テレビで声を通して伝える仕事ができたらとも思っています」
そう語る小泉さんの声は、明るく希望に満ちている。その声は、そう遠くない日にやさしい笑顔とともに、再び伝える力として、多くの人に届くに違いない。
取材・文/小林賢恵











