2歳まで生きられるかわからない……
星野さんがふうかさんの命を宿したのは、'14年の後半だった。クアトロテストという出生前検査を受けたとき、2人で話し合ったのは、「もし何か疾病があったら諦めよう」ということだった。再検査も促されなかったので、'15年7月、出産した。
喜びもつかの間、成長に不安を覚えることばかりが続いた。生後3~4か月たっても首がすわる気配はなく、ミルクの飲みも悪く、体重も増えない。
「振り返ると、このころがいちばん不安でしたね。娘の身体の中で何が起きているのかがわからない。怖かったです。ネット検索しては希望が持てる情報を探していました」
しかし6か月健診のあとに病院で検査を受けたところ、先天性ミオパチーと診断された。星野さんの説明によれば、人間の細胞の一つひとつには「核」があり、通常この核は細胞の隅にあるのだが、ふうかさんの場合は中央にあるという「中心核ミオパチー」という珍しいタイプである。原因はわかっていない。
担当医から「2歳まで生きられるかどうか、わからない」と言われ、衝撃を受けるが、次のひと言に希望を抱いた。
《でも彼女なりの成長はしますよ》
「つまり、“今がいちばん元気で、どんどん弱く消えていく命ではなく、ここから先がある命なんだ”という意味だと思ったんです。私たちがやれることはあるんだと。それが希望になりました。障がいはあるけれど、私たちが彼女のために何かできるということが救いになりました」
“できること”が少しずつ増えていくのがうれしかった。
「赤ちゃんの成長といえば、つかまり立ちができたとか、歩けたとか、そういう大きな変化を思い浮かべることが多いと思うんですが、娘の場合は、ほっぺたを触れるようになったとか、首だけ右に向けられたとか、お菓子の包み紙を開けられたとか、ほんのささいなことでもすごいと喜べる。簡単なことで幸せになれるって得だなと思いました」
幼稚園に入るときには冒険をした。その幼稚園は、ふうかさんのために追加の保育士などはつけられないという条件だったが、その環境で3年間通い続ける。
「年少の終わりごろに車椅子に乗れるようになったんですが、自分で動ける喜びを感じる一方で、鬼ごっこなどをするとどうしても周りの子たちについていけない。
その悔しさを感じられたのは貴重な体験でした。もともと先回りしてサポートしない姿勢の幼稚園だったので、娘の挑戦を見守ってくれました。娘のすごいのは悔しい思いをしてもへこたれないところです」

















