当時、小学5年生だった筆者は、ドラマ版の全7回をすべて視聴した。いや、クラスメイトの大半や教師すら視聴していたと思う。

 前述の自宅から閉め出された由香里役の高部が「開けろよ、寒いんだよ、くそババア!」と玄関先で怒鳴るシーンは、翌朝、教室の扉を使って再現された。日本全国の学校で似たような現象が生じたかもしれない。

穂積夫妻は約3億円の印税収入を得るも……

 ミリオンセラーとドラマの大ヒットで、穂積は端役中心の中堅俳優から一躍、時の人となった。続編や関連本まで売れまくり、非行問題の教育評論家として日本中から講演依頼が殺到。

1982年に刊行された『積木くずし』は合計で300万部超を発行
1982年に刊行された『積木くずし』は合計で300万部超を発行
【写真】娘は35歳で他界も……長い余生を生きた穂積隆信さんの晩年

 無料相談所まで開設し、欧州各国の非行事情を視察したかと思えば、自民党が参院選の目玉候補として担ぎ出すプランもあったらしい。その間も本は売れ続け、映画化も決定。穂積夫妻は約3億円の印税収入を得るに至ったのである。

 しかし、本当の悲劇はここからだった。高収入を得た翌年、高額な税金と国民健康保険料に悩まされるのは世の常であるが、社会現象にもなるミリオンセラーを打ち立てた穂積家も例に漏れず、莫大な税金が重くのしかかった。

 当時の状況について、穂積の妻で由香里の母・穂積美千子は後年、次のように述懐する。

《持ちなれない大金に気をよくして使いたいだけ使った挙げ句、気がついた時には一億七千万円という税金が残されたのです。(中略)外見は派手に見えても、家の中は火の車というのが実情でした》(『婦人倶楽部』1987年6月号)

 ここから、穂積家には不幸が続くようになる。まず「更生した」と日本中が涙した娘の由香里だが、ドラマ終了から半年後、トルエンの違法所持が発覚。

 1985年には覚せい剤取締法違反(当時)で逮捕されてしまう。非行どころか犯罪に走ることで、浮かれきっていた両親に冷や水をぶっかけたのだ。

 娘が逮捕された余波を受けて、穂積への講演オファーはいっさいなくなってしまう。当然だろう。「更生していない」となれば話を聞く必然性が消失するのは道理だからだ。

 無収入となった穂積家だがそれでも国税の督促はやまず、妻の美千子は夫の名義となっていた静岡・三島の土地を売却。造成費を差し引いて得た7000万円を、残りの税金と未払い分の返済に充て、どうにか窮地を脱したかに見えた。

 すると、穂積本人が妻を私文書偽造で告訴する事態が起きる。無断で土地を売り払ったのが納得いかなかったらしい。ほどなく夫婦は離婚。

 美千子は「積木の家」なるクラブを赤坂にオープンするも、繁盛するはずもなく1年半で店を畳んでいる。非行に走ったのは両親のほうだったのだ。