残された者も笑顔で人生を踏み出せるように

 気がかりだったリハビリも理学療法士が家でできるメニューを考えてくれて、順調に回復。看護師も驚くぐらいに機能が改善したという。

 今は恵子さんの手料理をよく食べて、至って元気。認知症のせいもあって、白衣を着ない山中さんが医師だと何度教えても忘れるらしく、帰ってから、

「なんだ、あいつ?」

 と言っているのだとか。

 恵子さんは、薬の処方にも希望を伝えたという。それは漢方薬の使用だ。これに関しても山中さんはその要望を検討し、適切な漢方薬を処方した。山中さんは、「“正しさ”の押しつけはしないようにしている」と話す。

「医学はエビデンスの上に成立しているけど、それはあくまで平均的なエビデンスで、その人に当てはまるかは別の話。患者さんを見たうえで考えています」

 それはケニアや、キャバクラ嬢のスカウトで学んだことだという。

アフリカの離島で医療に携わっていたころ。中道(立憲民主)の岡田克也氏(中央)と、滋賀県知事の三日月大造氏(上)の視察に同行した
アフリカの離島で医療に携わっていたころ。中道(立憲民主)の岡田克也氏(中央)と、滋賀県知事の三日月大造氏(上)の視察に同行した
【写真】年間2000人超の患者を診察、山中さんの『しろひげ在宅診療所』

例えばケニアで売春する女の子に“ダメだよ”と言うのは正しいでしょうか。やめたら生きていくのが難しくなるという事情がある。キャバクラ嬢もやむを得ない事情を抱えている子が多いので、水商売をやめさせて、必ず幸せになれるかどうかはわかりません。正しさを押しつけると、相手を不幸にしてしまうこともあります。正しさを振りかざさず、目の前の人がそれぞれに抱えている事情に寄り添って、どんなサポートをすればいいのかを考える。そのときの経験は、今の仕事の土台になっています」

「しろひげ」では恵子さんの母親よりも症状の重い、がんの末期患者も診る。「しろひげ」の患者さんの半数は、がんや難病だという。

 痛みや苦しさは医療用麻薬やステロイドでコントロールでき、夜間の排尿管理や胃瘻の交換、酸素の管理なども可能、人工呼吸器や床擦れ防止用のエアマットもある。

 これまでの経験の中で山中さんは、「人はどんな苦境にあっても、幸せを見つけようとする生き物だ」と考えるようになった。だからこそ、がん末期という限られた時間をどう生きるかも大事にする。無駄な薬を省いて本当に必要な薬を整える。さらに前述したように、医療用麻薬やステロイドを適切に使うことで、亡くなる直前の数日、穏やかな状態を取り戻すときがあるという。

これを“ゴールデンタイム”といいますが、この時間に、家族でドライブしたり、いい思い出をつくってもらうのです。そうしておみとりすることで、亡くなったとしても悔いが残らないし、残された者も自分の人生を力強く踏み出せる。笑顔で思い出話を交わせることもすごく多いのです

「しろひげ」では毎年、85%以上の患者さんを家でみとる。国民の6割が在宅での看取りを希望しながら、実際は15%程度でとどまっているのはなぜなのか。山中さんによれば、約1万4000か所ある在宅診療所の7割ほどが、24時間365日体制で夜間の緊急往診を行うと言いながら、年間10件も実行していないという。また年間在宅看取り4件未満の診療所も約7割という現実もある。

 さらにフランチャイズ制の診療所の中には、深夜、緊急往診の電話をしても沖縄などのコールセンターにつながり、「救急車を呼んで」となることも少なくないという。それを山中さんは「なんちゃって在宅診療医」と批判し、厚生労働省にも訴えてきた。それがようやく実り、“なんちゃって”にメスが入った。

24時間365日、在宅診療を行うと標榜しながらやっていないところは、今年6月から加算がもらえなくなりました。院長以外は非常勤医師で運営したり、1人の主治医が1か月に100人以上の患者を担当したり。夜間休日の往診を代行医療機関に丸投げしたりする診療所も同様です。それにより多くの在宅診療所が報酬を減算される方向になってきています」

「しろひげ」本部の建物は吹き抜けで、最上階の院長室から各フロアで働く職員の姿が見渡せる。今、働く約200人の中には、元患者だった人が複数含まれる。社会保健福祉士の専門学校に行き始めた人もいる。山中さんが救った人がまた誰かを救うために歩みを始めている。こうした、人を救うモデルが江戸川区から全国に広がるといい。

にしどころ・まさみち 奈良県生まれ。人物取材が好きで、著書には東京五輪出場選手を描いた『東京五輪の残像』(中公文庫)や、中島潔氏の地獄絵への道のりを追った『絵描き─中島潔 地獄絵一〇〇〇日』(エイチアンドアイ)など、多数。

取材・文/西所正道 撮影/齋藤周造