死を覚悟……「人生を変えた」壮絶体験

『超水族館ナイト』では最後のガイドブックに込めた思いを吐露した(撮影/矢島泰輔)
『超水族館ナイト』では最後のガイドブックに込めた思いを吐露した(撮影/矢島泰輔)
【写真】弱点を武器にした『サンシャイン水族館』天空のペンギン&アシカのアクアリング

 '09年ごろ、世で初めて“水族館プロデューサー”という肩書を考案した中村さん。今でも唯一の存在だが、実績年表を見ると、失敗した記録が見当たらない。本当のところどうなのだろうか?

「ないですね。どこもお客さんが増えている。というのも勝てない勝負はやらないし失敗しない方向を考えるから」

 苦労したことは?

「ないね。苦労嫌いやから。努力も嫌い。その代わり裏道を探すのは大好きでね。楽しいし、頑張れる」

 苦労している姿を人に見られるのをカッコ悪いと思っている人なのかもしれない。そばで聞いていた愛弟子の小林さんも、「人一倍努力していると思いますよ」と口を挟む。

 取材の中で、中村さんは、ペンギンの飼育環境を例に、こんなことを語っていた。

「ストレスなく暮らせる飼育環境も大事やけど、生きる苦労をなくすことが幸せではない。退屈地獄はダメや。本来の環境を模した岩場や縄張り争いも生きがいになる」

 その言葉を思い出した取材陣がこう投げかける。

「どこかスリルや生きがいを求めていませんか? 水族館で飼育される野生生物のように、安心安全が保証された生き方は、ストレスなのかも」

 中村さんが即答する。

「確かに! そうかもしれん。日々楽しいかどうかのほうが大事だって思っているかな。今死んでもいいと思える自分でいようと考えているから」

 そう言うと、「人生を変えた」壮絶な体験を語り始めた。

 '87年に遡る。パンダのような白と黒のイロワケイルカを撮影するためにマゼラン海峡にタグボートに乗って行ったとき、大嵐に遭遇した。船長に「帰港しろ」と指示するが、「このボートのスピードでは戻れない」と言う。

「船に弱いから吐くわけ。トイレに行くと、水柱がバシャーンと上がる。水中に潜っちゃってるから。船員も胸の前で十字を切り始めた。そこでゲロゲロやりながら思った。『もう終わったな』と」

 でも神様に祈った。

「どうか生き延びさせてください。自分でいつ死んでもいいと思えるくらい、やらなくちゃいけないこと絶対にやりますから」

 その直後、気を失った。

 奇跡的に助かったとき、自分の中で何かが変わった。

「それまでわりと計算ずくで生きてきたけど、遭難以来、計算したらあかんって思うようになったね。だって、いつ死ぬかわからないから。だから今死んでも納得できる生き方を考えるようになったね」

 やらなくちゃいけないことは絶対やり切る─それが実績につながり、失敗しない結果を生んでいるのかもしれない。

 6月、渋谷で51回目となるトークイベント『中村元の超水族館ナイト』が開かれた。「これが最後」と語る6回目の改訂版『新版 全館訪問取材 中村元の全国水族館ガイド129』の発売を記念したもので、取材秘話や水族館愛をユーモラスに語った。

「関わった水族館は、自分の子どもみたいなものでな。プロデュースが終わった後もお客さんが増えてくれるよう手助けしているわけよ」

 この会は毎回、門下生との“延長戦”があり、朝まで飲み明かし、参加者の相談を聞くのが恒例。冒頭の小林さんもその1人だった。今や30人ほど門下生がいるという。

「最近は門下生を育てることも楽しくなってきたね」

 そう語る中村さんだが、今も70歳とは思えない行動力で全国の水族館を飛び回り、ウイスキーを片手に原稿を執筆している。7回目の改訂ガイドはないと否定するが、このバイタリティーならあるかもしれない。

<取材・文/西所正道>

にしどころ・まさみち 奈良県生まれ。人物取材が好きで、著書に東京五輪出場選手を描いた『東京五輪の残像』など。2015年、中島潔氏の地獄絵への道のりを追ったノンフィクション『絵描き・中島潔 地獄絵一〇〇〇日』を上梓。