母の死が導いた『メッセージ』
幼いころから病気と闘いながらも仕事と向き合ってきた尾崎。さらには母親の介護もしていたことに触れた。
「音楽活動を続けながら、母の介護をずっとしていました。それ自体はまったく苦ではなく、お世話をしたり、歌ってあげたりして、母を楽しませることに喜びを感じていました。介護をしながら、曲も次々と書けていました。
でも、母が亡くなった後は気持ちを形にできなくて曲が書けない。母のお別れの会で家族が集まったとき、私が“人は死んだら星になるというけど、そんなの遠いからやだよ。花の裏とか風の中とかもっと近くにいてほしい”と弟たちに言ったのを、夫の小原がメモして冷蔵庫に貼ったんですね。その言葉を噛み締めながら散歩していたら、不意に曲ができたんです。泣きながら歩いていたから、周りは変な人だと思ったでしょうね(笑)」
それは『メッセージ』という曲となり、デビュー45周年記念アルバム『Bon appetit』に収録された。そうして立ち上がろうとした矢先、今度は自分の喉の調子が悪くなり、声が出なくなった。いろいろと病院を尋ね歩く中、ユーミンから紹介された有名な名医に診てもらうことに。
「診断の結果はかねて患っていた声帯嚢胞の悪化。切除するしかないと言われて手術しました。リハビリの初期は喉に負担をかけないようにしていたら、声が出なくてもうダメかもと思いましたが、どんどん歌って喉を鍛えてくださいと医師に言われ、やろう!と自分に檄を飛ばしました」
尾崎は子どものころだけでなく、デビューから現在まで、腎臓結石や肝機能障害など、さまざまな病気で10回以上入院している。だから自分はスーパーポジティブな人間だと言う。
「元の歌声に戻そうとは思っていません。今の自分の声と向き合い、自分が表現したいことができればいい。それにどんなにひどい声のときでも、ファンの方もスタッフのみなさんもずっと信じて聴いてくれて、うまくいったら自分のことのようにすごく喜んでくれる。まだまだ努力しないとね」



















