「月見の宴」を催す、お気に入りの東崎近くで… 撮影/伊藤和幸

島の子にどんな未来を残せるか

 そうした喜八郎の長年の努力に報いようと、去年の10月から与那国町が文化財指定に向けて、学術的な評価を行う調査に着手した。

「まもなく結果がわかると思いますが、そのうえで国の指定史跡、世界遺産、ジオパークへの登録を検討していきたい。私自身も潜りましたが、個人的には遺跡に間違いないと確信しています。潮の流れの速いあの海域で、ああいった遺跡が残っていること自体が奇跡ですよ」

 と与那国町町長の外間守吉さん(67)は語る。

 喜八郎は去年、27年間関わってきた観光協会を退いた。

「石垣島には毎年120万人、竹富島にも100万人の観光客が押し寄せるのに、与那国島は年間4万人しか来ないのはなぜだと思いますか。すべてアクセスの問題。島自体も日本最西端だけでは人は来ません。与那国馬、海底遺跡のほかにも、休耕地を利用して長命草を使った薬草園作りや酪農など、島の外から来る人たちも受け入れてもっと活性化していくべきです」

 喜八郎の島に対する思いは今も熱い。

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 喜八郎には島の中でとても気に入った場所がある。それは東崎(あがりざき)近くにある見晴らしのいい岸壁。満月の夜、西崎に日が沈むと、黒潮が流れる東崎の海面から、満月が満天の星空に向かって昇る。

 その満月を喜八郎は島酒を満たした大きな杯に映して飲む。このひと時が何にもかえ難い、至福の時だという。

 みんなで杯を重ね、三線(さんしん)が『与那国小唄』を奏でるころには、宴もたけなわ。

 与那国島に戻ってきてから生まれた・祥子(32)、正太郎たちも歌い踊る。

「この子らに、どんな未来を残してあげられるか」

 喜八郎は、亡き父や祖父と同じ思いを胸に、杯を重ね、月に祈った。

※敬称略

取材・文/島右近

しま・うこん 放送作家、映像プロデューサー。文化、スポーツをはじめ幅広く取材・文筆活動を続けてきた。ドキュメンタリー番組に携わるうちに歴史に興味を抱き、史跡や古戦場、山城を旅する。『家康は関ヶ原で死んでいた』(竹書房新書)を上梓。