与那国に欠かせない存在に──

 海底遺跡の存在が琉球新報の1面を飾ると、1万年前に海底に没したムー大陸の一部ではないかという説が流れ、多くのマスコミ関係者や研究者たちが島を訪れた。

「2000年の大晦日から2001年の元旦にかけて行った『与那国世紀超えイベント』ではジャック・マイヨールをはじめ海底遺跡を愛する人たちが一堂に会してサンセットトークを行いました。“遺跡か自然地形か”をめぐる論争をきっかけに多くの人たちが島を訪れてくれました。そのことが何よりもありがたかったですね」

 発見から30年がたち、喜八郎は今まで撮りためてきた海底遺跡の写真を、古希を迎える今年、1冊の写真集『神々の棲む海』にまとめた。

2017年6月30日、喜八郎の古希を祝って出版された写真集『神々の棲む海』(問い合わせは、irifune@yonaguni.jpまで)

「いろんな方々を案内しながら私なりに水中写真を撮りためてきました。遺跡かどうかはさておき与那国島の海の魅力を存分に味わってほしいですね」

 それは島の気象から海底の地形、生き物たちの生態まで知り尽くした喜八郎にしか撮れない写真ばかり。

 水中写真の第一人者で喜八郎の古くからの友人でもある中村征夫さん(72)は、この写真集についてこう語る。

「海底遺跡の発見は、とても運命的なものを感じます。神が新嵩さんを導いたとしか思えません。一躍、世界の新嵩喜八郎になり、国内外から著名人やダイバーが訪れましたが、素敵な奥さんといつも変わらず温かくもてなしてくれる。そして何より島のことを考え、見えないところで黙々と努力する姿が素晴らしい」

水中写真の第一人者・中村征夫氏とも思い出は尽きない

 喜八郎は島に帰ると与那国町観光協会を島の先輩たちと設立。長く会長も務めた。その中でも台湾・花蓮との姉妹都市交流は今年で35周年を迎えるという。

「姉が嫁いでいますが、与那国島と台湾は戦前からとても関係が深く、私たちは“兄弟島”だと思っています。人的な交流がきっかけとなり新しい仕事も生まれました。チャーター便で花蓮まで行かれるようになり、ますます交流が盛んになるといいですね」

 今年で28回を迎える「日本最西端与那国島国際カジキ釣り大会」も喜八郎が中心となって取り組んできた。

「第1回は今年お亡くなりになった松方弘樹さんを名誉会長に迎え、立ち上げました。東京や大阪からも参加する人たちがあり、30艇あまりが腕を競いました。料理人の苦瓜さんが4メートルを超えるカジキを毎年、丸焼きにしてくれるのも目玉のひとつ。カジキといえば与那国島と言われるようになりたいですね」

 島に帰って30有余年、日本最西端の与那国島にとって、喜八郎は欠かせない存在になりつつあるのかもしれない。