第2牧場と製造プラントをわずか9円で手放して

 アントレプレナー大賞受賞直後、東証アローズで投資家向けに事業のプレゼンテーションを行う機会があった。資金が欲しい起業家と、成長が見込める企業を探しているベンチャーキャピタル(資本家)を結びつけるのが、こうしたプレゼンの目的である。

 参加の理由を、中洞さんはこんなふうに語っている。

「志を持った酪農家を作りたかったの。ウチだけでなく仲間をいっぱい作ってその仲間で山地酪農をやれば、経済的にも自立できるということを示したかった」

 某ファストフードチェーンの元経営者が名乗りを上げた。“3年で3倍の売り上げにしてみせる! 君(中洞さん)は生産に特化しなさい”。

 そんな心強い言葉とともに、製造会社と販売会社をそれぞれ独立させることで、9000万円を投資してくれた。

 小売りのプロからの“生産に特化しろ”との言葉に、中洞さんは第2牧場を作り、工場を拡張した。ところが3年たったら3倍どころか、売り上げはほとんど増えない。またたく間に、債務超過の状態になってしまったのだ。

 投資を受けている以上、赤字が続けば責任を問われる。

 2006年、中洞さんは製造会社の社長を退任。第2牧場と自社プラントを含めた(株)中洞牧場を、わずか9円で譲渡することになってしまった。第1牧場のみは個人所有で、これを奪われなかったのがせめてもの救いだった。

 牧場以外のすべてをなくした中洞さんは、牧場作りのコンサルタントをして食いつないでいく。だが『酪農の神様』は、この牛馬鹿を見捨てなかった。

現在100頭ほどの牛たちはいたるところで尿もするし糞もするが、ほのかに草のにおいがするだけで、牧場特有のあの強いにおいがまったくない。大自然での放し飼いと、配合飼料を使っていないのがその理由と中洞さん 撮影/吉岡竜紀
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「“会社経営から手を引きます”と取引先に挨拶に行ったんです。その取引先に、額はたいしたものじゃなかったんだけど、『株式会社リンク』という企業があったの」

 リンクは東京のIT企業で、こだわりの食材などを扱う『e-select』というオンラインモールを運営している。そこが全面バックアップを申し出てくれたのだ。

 2010年2月、『中洞牧場』をのれんとして、農業生産法人(株)企業農業研究所を設立。企画や管理、宣伝販売をリンクが行い、中洞さんは山地酪農の実践と普及を担当することとなった。経営と製造の現場を、完全に分けたのである。

 この世にも珍しい“山地酪農とITの協業”により、中洞さんは販売や資金繰りといった苦労から解放され、生産と山地酪農の認知拡大に専念できるようになった。

 中洞さんが言う。

「今は放牧地の拡張など、山仕事の日々。酪農のほうは基本的には若いもんだけで回るから。これが性に合っているんだ(笑)」

 こうした声に、リンク社長の岡田元治さん(62)が笑いながら言う。

「そりゃあそうだよ、お金の心配をしなくていいんだもの(笑)。でも生産も販売も、全部をひとりでやるなんて、本当のところ無理だよね」

 協業を引き受けて以来、牧場内に建設した製造棟や事務棟、社員・研修生のための宿泊施設など、莫大な経費をつぎ込んできた。農業事業単体としてはまだまだ大幅に赤字の状態で、現在はこの事業を単年度黒字にするのが第一の目標と岡田さんは言う。

「安定的な黒字経営にするのが僕の仕事。そうしておかないと、リンクを継ぐ人材が銀行から“このお荷物を下ろせ”と言われかねないから」

 そして、こう続ける。

「よく“あのおっちゃん(中洞さん)に、どうしてそこまで惚れたの?”って聞かれるけれど、別に惚れたわけじゃない。人に惚れてもいずれ死んじゃうからね。背負う腹を固めたのは、この酪農が守るに値すると考えたから。野草の放牧だから、乳量は5分の1から4分の1。でもこの酪農は、世界が向かうべき酪農のあり方だと思うから」

 こんな岡田さんの思いをよそに、おっちゃんこと中洞さんはマイペースを崩さない。

「“中洞だから(山地酪農が)やれたんだ”じゃ広がりがない。これからは若い連中がちゃんと経済的に自立できる仕組みを作ってやらないと」