侍の矜持で真のキング・オブ・スキーに

渡部を見守り、的確なアドバイスを送る荻原健司スキー部長
渡部を見守り、的確なアドバイスを送る荻原健司スキー部長
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「暁斗はまずスキーが抜群にうまい。デコボコの斜面をスムーズに滑れるのも操作が巧みだから。足裏感覚にも長けているので、雪の感覚をつかみながら進める。そこは白馬という雪国で育った優位性でしょう。加えて素直さ、まじめさ、純粋さ、努力家という人間的長所がある。彼を見ていると、僕の全盛期のはるか先を行っているなと実感します。 その可能性は十分だとノルディック複合のレジェンド・荻原健司部長は太鼓判を押す。

 実際、自分は五輪の団体金、W杯の個人総合の金、世界選手権の個人・団体の金をとりましたけど、五輪の個人のメダルだけはとれなかった。前回銀メダルを暁斗がとってくれた時は心底、うれしかったですけど、次に金をとれれば、彼の言う“五輪の頂点に立つための鍵”がやっと開くんだと思います。それを一緒に探す作業ができるのは本当にありがたいこと。勝負はラスト半年だと思います」

 荻原健司部長の描くシナリオは、まず’17-’18シーズンにうまく入ること。「W杯序盤の1、2戦で表彰台に上り、じわじわと調子を上げていって、2月を迎えられたら理想的です。平昌直前には地元・白馬でW杯があるので、そこで勝って弾みをつけて本番に入り、長い間、勝てなかったフレンツェルを倒してくれればいい。僕らノルディック複合関係者にとって五輪の個人金メダルは絶対にクリアしなければならないハードル。暁斗ならやってくれると信じてます」と、かつてキング・オブ・スキー(W杯王者のみに与えられる称号)に君臨した男は後輩に夢を託す。

「1位と2位はほんのちょっとの差だけど、負け癖がついているのかな……。運とか才能とか足りないものはいろいろあるんだろうけど、何とか脱しないといけないですね。

 だからといって、僕は誰かの後ろでエネルギーを温存しながら戦うといった姑息な作戦はとりたくない。レース展開はもちろんジャンプ次第ですけど、僕は“フェアな試合をする”っていうポリシーを頑なに守ってるんです。前に出て引っ張ると風よけに使われるんで、すごく負担にはなるんですよ。そういうマイナス面があるから、どの選手も前に出たがらない。でもフェアに勝負するために、自分が前を引っ張っていくのが大事なんです。

“お前、バカだな”とか“もっと後ろに引けよ”とか“下がって体力温存してたら勝てたかもしれないのに”とよく言われるけど、自分が納得するレースをして勝ち切る。それが僕の考える真のチャンピオン。自分が五輪金メダルやW杯総合優勝をまだ手にできていないのは、その地位にふさわしい選手になれていないから。自分らしさを貫いて、平昌の表彰台の一番高いところ、そして『キング・オブ・スキー』を狙います」

 まさに『白馬の侍』ともいうべき渡部暁斗の矜持……。それを妻・由梨恵さんはよく理解している。

「暁斗には理想とするレース内容がある。表彰台に上がれても、いいレースじゃなかったケースもあったと思います。だから私は“今日はいいレースができた”と彼が笑顔で言う時が一番うれしい。それが平昌だったら本当に最高ですよね」

 力強い戦友である妻と手を取り合って、迎える4度目の五輪。はたして、そこには何が待っているのか……。エース・渡部暁斗の一挙手一投足から目が離せない。

ジャンプ練習中の渡部。飛型の美しさが印象的
ジャンプ練習中の渡部。飛型の美しさが印象的

取材・文/元川悦子 撮影/齋藤周造

元川悦子(もとかわ・えつこ)◎1967年、長野県松本市生まれ。サッカーを中心としたスポーツ取材を主に手がけており、ワールドカップは’94年アメリカ大会から’14年ブラジル大会まで6回連続で現地取材。著書に『黄金世代』(スキージャーナル社)、『僕らがサッカーボーイズだった頃1・2』(カンゼン)、『勝利の街に響け凱歌、松本山雅という奇跡のクラブ』(汐文社)ほか