躁うつ病のおかげでひらめいた!

 実は、村林さんの写真修復技術の研究は、躁(そう)うつ病と闘う中でのことだった。

「発症したのは、25歳のとき。まず、うつになっちゃって。最初は、なんでこんなに疲れるのだろうと思ったんですね。でも、父も同じ病気だったので、ああ、うつ病だなと」

 診察を受けたら即、入院。9か月間の病院生活を余儀なくされる。

 躁うつ病は、うつ状態に始まり、次に躁状態となり、そして平常の状態へと移行する。

「うつのときはダーンとテンションが下がるんですね。そうなると、もう布団をかぶって寝ているしかない。長いときは2か月も続くんですよ」

 うつ状態から躁状態に変わると、今度は高揚感でいっぱいになり、自分が何でもできると思うようになるらしい。

「僕はうつから躁に移行して、ハイテンションになる前の60〜70%くらいのときに頭がすごく働くんです。数学の問題が一瞬で解けたりする」

 修復で行き詰まったとき、そのタイミングと重なったことがあった。それであることがパッとひらめいたのである。

「頭が覚醒して、普段だったら見逃すことに気づきました。でも、そこで実践してしまうと失敗すると思い、メモをとって。平常に戻ったときに読み返して試したんですね。そのおかげで、今の技術が完成したといっていいでしょうね」

 病気と闘いながら研究を続ける夫を、妻も支えた。妻の真利子さんが振り返る。

「あの当時は、私も働きに出て家計を支えました。主人はいいお医者さんと出会えたのがよかったですね。“家族はどう接すればいいですか?”と尋ねたら“温かく見守ってあげてください”と言われました。主人は食事をしたりしなかったりするので、健康面には気を遣いました」

 今では再発することはないらしいが、月に1度は通院し、投薬を続けている。

「うつに負けない強い意志があれば大丈夫。心の中に柱を1本作ると人間はやれる。この仕事は自分にしかできないというプライドも必要だった。それがあったから脱却できたんだと思います」

「昔から、ひとり黙々と不思議に思ったことを考える時間が好き」と言う村林さん。「修復作業も作品を撮ることも性に合っている」と笑顔を見せた 撮影/森田晃博
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 一般的にはマイナスのイメージがある躁うつ病だが、前向きにとらえることでプラスにつながることもあるのだ。