病気は「敵」ではなかった

 仕事人間でその仕事が絶好調でありながら、仕事に行くことに耐えられないとは、どれほどつらいものだったか……。

 神部さんは事務所であるイルカオフィスにも顔を出せなくなっていき、強力な薬によって幻覚に苦しめられることも増えていった。外食は個室のある店か、よく知った店以外には行かない。パーキンソン病は神経性の病気である。身体の動きを司(つかさど)る神経の働きが阻害され、突如として身体の硬直が起こる。それを見た人が驚くのを案じたためだ。

 江原啓之さんは、イルカさんには内緒でこんな相談を持ちかけられたことがあった。

“イルカさんが今後みんなのためにどう生きていくべきか?”という相談でした。ご自身の病気のことじゃないんです。妻のことを私人でなく公人と見ていたように思います。逆にイルカさんに、妻として寂しいところはなかったのかな、とは思いますね」

 今振り返れば、「病気は敵でも、憎むべきものでもなかった」とイルカさん。家族の団結や体験は、紛れもなく貴重なものだった。

「もちろん“なんで彼が!?”って思ったことはいっぱいあったけど、あえてつらいことを教えてくれるというのは、親の愛にも似ているなぁと思ったことがあって。人の悲しみや痛みは、自分が体験しないとわからない。そういう意味でも夫と一緒に過ごせたのは、ありがたかった。きっといつか自分や家族の糧になっていくと思わないとつらかったからかもしれないけれど」

闘病中の神部さんはお孫さんに会えるのも楽しみにしていた
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 最近、コンサートに来てくれている人たちへの思いがさらに深まってきた。どのひとりにも、その内側にはさまざまな現実や思いを抱えていることが、手に取るようにわかるのだ。“年のせい”と笑い飛ばすが、年齢すなわち経験である。神部さんとの経験は、確かに現在の、“人間イルカ”を形作る一部となっているのだ─。