施設や支援をどんどん利用するべき

 突飛な行動に振り回され理不尽な言動をなだめすかす認知症介護の忍耐とストレスは、スプーンでご飯……などとはまったく質の異なる介護。乳がんは、そのストレスにも原因があったと思われますか?

「それは確実にあると思います。医師が診断時に予想した“がん発生時期”は、まさにこの20年の介護でいちばんきつかった時期。その後、いっそう母に手がかかるようになったので施設に入れてホッとしたら発覚ですから。

 介護で言いたいことは認知症の本人が身体的に元気であればあるほど介護者のストレスは長引き、しっかり者の人ほど自分を犠牲にして命を縮めてしまうので、抱え込まずに、施設や支援をどんどん利用するべきだということです」

 今、お母様は病院の認知症病棟に入院され、篠田さんは2、3日に1度通われているとのこと。まだまだ介護は続きそうですが、篠田さんに悲壮感があまり漂わないのはなぜでしょう?

「これは小説家の言うことではないんですけれど、生きてりゃ困ったことは向こうからやってくるんです。それをひとつひとつクリアするしかありません。問題を探して見つけて解決していく、の繰り返し。無駄なことを考えないっていうのかしら。内省的になることなく、情緒的にもならないで、行動あるのみ、がいいのかも」

 目下の問題は汚物まみれの衣類の洗濯。「マンション住まいでの正解は? 女性誌で特集してほしいです」

ライターは見た!著者の素顔

 その華奢な身体のどこにそんなパワーがあるのかと思うほど、介護に闘病に執筆にと精力的な篠田さん。お話を伺いながらその源を探すと「作家根性」というワードが浮上しました。

「この仕事じゃなかったら聖路加国際病院に入院しようなんてぜいたくは考えなかったです。聖路加の都市伝説はいろいろあるので興味津々でした。最低1泊3万円はホント。でも全室個室なだけで個室の差額ベット代はほかの病院もほぼ一緒なの。最上階に高級レストランはなかったわ(笑)」

(取材・文/松永詠美子)


『介護のうしろから「がん」が来た!』篠田節子=著(集英社)1300円(税抜)※記事の中の写真をクリックするとアマゾンの紹介ページにジャンプします
【写真】多忙さや疲れを感じさせない、穏やかな表情で語る篠田さん
●PROFILE●
しのだせつこ 1955年、東京都生まれ。'90年『絹の変容』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。'97年には『ゴサインタン』で山本周五郎賞、『女たちのジハード』で直木賞など、受賞作品多数。母親の介護と自身の乳がん治療の最中、2019年『鏡の背面』で吉川英治賞を受賞。