50代研修医の奮闘

 医師免許取得後は病院で2年間かけて各診療科を回り研修を受ける。貴子さんが研修医として働いたのは2次救急まで担う市立病院だ。

 最初の患者は心肺停止の男性。他の医師や看護師とともに点滴を入れる血管を探す。

「ダメだ、ダメだ。どの血管も入らない

 緊迫した空気が漂う中、貴子さんが足首の血管を見つけ、刺したらすっと入った。

「たまたま、うまくいったんです(笑)。その後は叱られてばっかり。挿管がうまくできないとか、指示した薬が間違っているとか。オペ中に出ていけと言われたこともあります。そのたびに、ロッカーで泣いていましたね」

 指導医の1人だった男性医師(40)は、「よく働いてくれたと思いますよ」と話す。

「研修医の仕事の1つに夜間の当直があります。当院では月に4~6回。20代、30代なら何とかこなせますが、正直言って、40歳を過ぎるとしんどくなる。50歳を越えた研修医なんて、体力的にもつだろうかと心配しましたが、彼女は最後まで音を上げずにきちんとこなしたので、年齢以上に若いですね。まあ、それだけのパワーがないと、ここまでこられませんからね」

 貴子さんが頑張れた裏には、家族全員の協力もあった。すでに母の睦子さんは島根に戻っていたので、子どもたちが食事、風呂、ゴミ出しなど当番を決めて、手伝ってくれるようになったのだという。

「ご飯といっても、焼きそばを作ったり、鍋をしたりとか、簡単なものですけどね。長女がまとめ役、長男は自分に厳しい、次男は穏やかで家族を笑わせてくれる。三者三様に育ってくれました」

 2年間の研修が終わると専門を決める。貴子さんが選んだのは産婦人科だ。内診があるので女性医師を希望する患者は多い。産婦人科なら自分の妊娠・出産の経験も生かせるし、何より女性の役に立ちたいと思ったそうだ。

 だが、医師になろうと決めた当初、思い描いたのは精神科医だったはずだ。どうして精神科を選ばなかったのかと聞くと、実態を知れば知るほど、自分には合わないと感じたのだと話す。

「診察は1人数分で、ほとんどが薬を処方するだけです。私も一時、眠剤地獄にハマって大変でしたが、精神科で出す薬は副作用が強いものも多く、根本的な解決になるものはあまりないような気がします。薬を出したくないと思っても、私もそこで働くようになれば、同じような治療をするしかないので」